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受容と未来 | 和合亮一

和合亮一さんは福島県福島市生まれの詩人。東日本大震災で被災した直後から、Twitterでその時感じた福島の空気を綴った詩『詩の礫』を発表してきました。
その後、インタビュー集やエッセイを執筆したり、現在は大友良英さんらとともに立ち上げたNPO法人『プロジェクトFUKUSHIMA!』の中で舞台作品を制作するなど、福島のあり方について幅広い表現活動を行って来ました。
3年が経った現在、和合さんが考える、震災について書き綴ることの意味、福島の未来に必要なこととは。

取材・文:小野美由紀/撮影:外山亮介

一線を越えると、真実が真実を連れてくる

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後藤「僕たちが『THE FUTURE TIMES』(以下、TFT)をはじめてから3年が経ちます。印刷代は、僕がレコードを売ったりライブを行ったりして捻出しています。東日本大震災が起きたばかりの当時は義援金をどこに送るのが効果的なのかわからなくて。募金して、それで役割が終わりだとも思えなかった。そのうち、寄付というのは何もお金でなくてもいいんじゃないかとひらめいて、 “僕たちは行動を寄付しよう” という思いではじめたのがこの新聞です」

和合「僕もこういった媒体を作りたかったので、取り上げていただけて嬉しいです」

後藤「和合さんの、震災後の福島の人々へのインタビュー集『ふるさとをあきらめない フクシマ、25人の証言』を読みました。質感としては、僕がやろうとしていることと近いんじゃないかと思いました。僕はTFTを作ることで、ささやかな民俗史を残そうと思っているんです。国が作る大文字の歴史が取りこぼすものを集めて、僕なりのドキュメントを作ろうと思って」

和合「本格的ですね!」

後藤「僕自身が語るよりも、世の中に向けて語るべき言葉を持っている人に会いに行って、話を聞いて、それを、まずは音楽が好きな層に届けようと。そうすると、ときどきバグみたいなものが起こるんです。例えば、高校生の女の子がタワレコからこのTFTを家に持って帰って、居間に置いてあったのをその子のおじいちゃんが読んだり。そういったネットでは起きないコミュニケーションが起きるのが、紙媒体を作ってみてわかった紙の良さですね」

和合「僕は20年近く詩の雑誌を発行し続けていて、すごく小さなメディアの中で成り立っている世界ですが、あるタイミングで形をなしたときに、大きく広がってゆくものだと信じてやっています。思えば、20代の初めの頃も、仲間たちで雑誌をつくって、手配りしたり、ライブハウスを借りて朗読会を開いたり、そんなことをしていて。小さい頃にも、小学校の壁に貼ってあるような壁新聞が好きで、自分で作ったりしていて、父と母に見てもらったり、録音できるラジカセでラジオ番組を作って友達に聞いてもらったりしていた。今は45歳になりましたが、やってることは変わらないな、と。小さい頃から好きだったことは変わらない。僕はいま一度、その頃の原点に戻りたいなと思っていて」

後藤「そうなんですね」

和合「『ふるさとをあきらめない』に収録されたインタビューも、最初は、誰に依頼があったわけではないんです。でも、これはやらなくちゃという気持ちになってはじめた。2011年の3月、震災直後はガソリンが無かったので動けなかったんですが、4月にガソリンが満タンになってから、こういうときつい言い方になってしまいますが、浜通りで生き残った私の知り合いの方に話を聞きに行こうと、尋ねていった。インタビュー経験はほぼ皆無だったんですが、テープを回して、メモを取って。上手く行くのか行かないのか、不安もありましたが、自分がやらなくちゃという想いだけで突き動かされて、これはとにかく、生き残った方々に、話をまず聞こう、と、その気持ちだけで行った。どこに掲載される、という予定も無かったので、“どこかに掲載になるんですか”と聞かれても、いや、どこっていうのは無いんですが個人的に来たんです…と」

後藤「民俗学者みたいですね」

和合「これまで文学のイベントをしたり、対談をしたことはあったのですが、いわゆるドキュメンタリーは初めてだったので。これをしようと思ったのも、自分が子供の頃に、壁新聞作ったりして、そういったものの延長として起こったのかな、と」

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後藤「福島県の浜通りでインタビューされるときは、緊張されました?」

和合「 “自分は何をしたいのかな” と自問自答しました。『詩の礫』を最初にTwitterに書いたときは、後藤さんにリツイートしていただいて……。それもすごく励みになって……ずっとお礼を言いたかったんです。僕はTwitterで詩を書くなんて思ってもみなかったし、インタビューしたものが本になって形になったり、それを劇団が演劇化してくれるなんて思ってもみなかった。それが自分の活動となって続いて行くと思ってもみなかったんで……」

後藤「和合さんは、原発事故のあと、すぐにTwitterで詩を書きはじめたじゃないですか。震災のことを表現することに対して、ミュージシャンたちは当初、躊躇している様子だったんです。歌いだすことにもためらいがあった。僕らがようやく仲間たちとライブをしたのは、3月の終わりでした。僕自身は、3月18日に曲を作って、インターネット上にアップしたんです。もちろん批判的な言葉がたくさん飛んで来たんですけれど、その批判と同じ言葉が自分の中にもありました。その言葉を自分自身に投げかけて、それでも書きたい、歌いたいと思いました。表現というのは、ある種の不謹慎さ、というものから逃れられないと考えているんですけれど……」

和合「僕も同感です。僕の詩は “放射能が降っています 静かな夜です” というひとことから始まった。これは実は、中原中也の詩に “みなさん こんばんは しずかです とてもしずかです” という言葉があって、そこから来ているんです。震災直後、余震と放射能にさいなまれているなか、誰の言葉が正しいのかわからないなかで、こういう極限状況に置かれてなお、そのことを、ありのまま、そのままに書こうと思っていた自分がいた訳です。福島で起きている真実を書きたい。それで、毎日毎日、これは福島の空気の記録だと思って書き続けた。震災前までは、僕は詩をイメージの中で書き続けていたわけです。つまり、言葉で非現実世界を作ろうと思って、シュルレアリスムの世界を描いていたけど、原発が爆発した時点で、現実がシュルレアリスムになってしまって、それを語る方法を、僕自身、持ち得なかった。そんなとき、自分の傷をそのまま伝えるのが、一番の方法だと思ったんですね。それは3ヶ月続いて、毎晩毎晩、詩を書き続いていたわけです。自分の中で、絶望と、哀しみが強くなった一方で、負けてたまるかと言う気持ちになった。『詩の礫』が自分を勇気づけてくれたというか。教え子から“先生!後藤さんからリツイートされてる!”と言われたりしていましたけど(笑)」

後藤「(笑)」

和合「考えは後にあるっていうか、もう動いちゃってるんですよね。たとえばですけれど、職業作家だったら、それで食べてゆかなければいけない。詩を書いて食べてる人って本当にいないんですよ。そもそもすごく非生産的なことを、仕事としてやろうとしている。今回の震災のことについても、こういう(本の)形に段々となってきましたけど、伝わる伝わらない、売れる売れないに関係なく、自分が感じたこと、直感したことを形にする、原点に返ろう、そう思って。続けて行くなかで、批判も浴びるわけですよ。先輩詩人たちからも批判を浴びて。それは僕は “どうでもいい” と思っているんですが、同じ福島の方々を、傷つけたりおとしめたり、追いつめたりしているんじゃないか、ということを考えるようになりました。書き続けて行くうちに、どうしても自分は、線を越えられないような気がしてきた。 “放射能が降っています” とためらわずに書けたときと、1ヶ月、2ヶ月経って、フォロワーも増えて、テレビとか新聞で取り上げられるようになった頃とでは、一線の越えられなさが生まれていて。葛藤が生まれて、ためらうようになってきました。書くことでかえって誰も “福島に足を踏み入れたくない” と思わせてしまうんじゃないかと思って躊躇しはじめた」

後藤「はい」

和合「でも、そこでひとつ、前に進めたことがあった。オーストラリアから来たジャーナリストの方がずっと避難所に滞在し続けていらしたそうで。話を聞きたいと言われて、会ったんです。そうしたら、 “三春の避難所では、和合さんのTwitterの詩を、ノートに毎晩書き起こして、みんなで回し読みしているんだ。それをあなたはご存じですか?” と。僕は当時、徐々に思い悩むようになっていた時期だったので目から鱗が落ちたというか。 “大切なことを教えていただきました、ありがとうございました” と伝えました。ある一線を越えると、真実が真実を連れてくるというか、それは鮮やかさなのか、強度なのか、思いの深さなのかわからないですが、ひとつだけ確かなのは、考えるよりも先に、涙が浮かんでくること、そこになにか真実があるような気がするんです」

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和合亮一(わごう・りょういち)

和合亮一(わごう・りょういち)

1968年福島県福島市出身。詩人、国語教師。1998年第一詩集『AFTER』で第4回中原中也賞、2006年第4詩集『地球頭脳詩篇』第47回晩翠賞を受賞。日本経済新聞紙上などにて“若手詩人の旗頭的存在”と目される。詩集のみならず、エッセイも多く手掛け、ラジオパーソナリティとしても活動する。2012年には『ふるさとをあきらめない フクシマ、25人の証言』を発表。震災以降、地震・津波・原子力発電所事故の三重苦に見舞われた福島から、Twitterにて『詩の礫』と題した連作を発表し続けている。Twitterアカウントは(@wago2828)。