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東北ライブハウス大作戦《後編》

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BRAHMANやHi-STANDARDらのPAエンジニアを務める西片明人さんが統括するPA5人衆チーム『SPC』が、被災地に新たなライブハウスを作ろうと動き出したプロジェクト『東北ライブハウス大作戦』。震災から3年――。 『東北ライブハウス大作戦』は、さらなる復興に向けて進む。 《前編》では、『東北ライブハウス大作戦』の成り立ち、これまでの道程を中心に話を聞いた。《後編》では、『東北ライブハウス大作戦』大船渡支部代表の菅野安宣さんも加わり、『東北ライブハウス大作戦』のこれからについて、移転後の『LIVEHOUSE FREAKS』の在り方についてを中心に話は進んだ。

取材・文:石井恵梨子/撮影:栗原大輔

後藤「まだ僕は一回も『ライブハウス大作戦』のツアーに参加してない身で、もちろん時間が合えばどこかで一緒に行きたいんですけど。ただ、今のところ、たくさんのバンドが行くじゃないですか。他の地域よりも頻度が高いかもしれない。そうなると、毎週いろんなバンドが来て、毎週小遣いを使うことになって、地元の子たちは大丈夫かなっていうところが気になるんですよね」

RACCO「そうね。人気バンドの公演が月に半分くらいあるとしても、同じお客さんが月に15回もここに来れるわけじゃない」

後藤「だから、僕もバンドをやりながら、何をやるのが支援になるのかなって考えたりするし。やたらめったらライブをしに行けばいいのか、それもわからなくて……」

西片「確かに。もちろん俺に直接『あんまりバンドを連れて来ないでください』って言ってくる子はいないけど(笑)、でも実際に懐具合が厳しいっていうのはあるかもしれない。あとは地元で活動してるバンドから見れば複雑だろうね。全国を回ってるツアーバンドのほうが優先的にブッキングされちゃうと、どうしても、変な敷居があるように感じられるだろうし」

後藤「あぁ、そうですよね」

西片「俺は3箇所のハコにいる時、できるだけみんなと話せる場所にいようと思ってるのね。バーカウンターとか受付のあたりでボーッとしてて……そこはみんな、遠慮しないで声かけて欲しいんだけど。で、その中が聞こえてくる声が勉強になるんだよね。毎週のようにライブがあって地元の子が行きたくても行けないっていう状況になるくらいなら、もっと地元バンドのために、たとえばフリーで開放して、ライブとは違う催し物をやったほうがいい、とか」

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後藤「あぁ、僕も自分がやるのなら、ただ演奏するよりかはワークショップ形式がいいんじゃないかなと考えていて。たとえば作詞・作曲講座とか。地元の高校生と一緒に一曲作ってみる、なんていうのも楽しいかな」

西片「面白そうだよね。あとは『勢いでやる新聞の作り方!』みたいな講座がいいんじゃないの?(笑)」

RACCO「『3年続けるとだんだん疲れてイヤになりますよ』とか(笑)」

後藤「いや、だからイヤにはなってないです(笑)。でもワークショップって魅力的ですよね。たまにドラムスクールとかも開催されてるじゃないですか」

西片「うん、そういうのは地元の声を聞くことで生まれた発想。同じような流れから、今度は中村達也くんがドラムで、叩き語りで来てくれることになって(注:2月18〜20日の公演。現在は終了)」

後藤「叩き語り! 観たいですね」

西片「彼はいろんなバンドでやってるけど、メンバー全員のスケジュールをまとめて来るのは厳しいと。『ごめん、バンドじゃないけど、叩き語りでいい?』って言ってたけど……それってみんなが一番観たいものじゃん!(笑)」

後藤「今って、どれくらいの頻度でバンドが来てるんですか?」

菅野「2013年は86本ライブがあって。だから週2くらいのペースですね」

西片「別にノルマじゃないんだけど、だいたい金・土・日のスケジュールが埋まるようなイメージで考えてるかな。あと、このフリークスは地元のバンドが出る機会も多いと思う。企画が多いし」

菅野「友達のバンド仲間が内陸でやっていた企画をこっちでやってくれたり。そこはすごく助けられてますね。あとオキナワ(菊池智仁/フリークス店長)が高校生対象の企画を一生懸命やってたりするんで」

後藤「高校生が演奏できる場所があるのっていいですね」

RACCO「敷居の高さがないっていうね。俺、地元が岡山だからわかるけど、岡山と広島って地元バンドの量と成熟度が全然違うの。それはひとえにライブハウスの問題で。岡山には30人も入ればカタチになる小さいハコが多いんだけど、広島は大きい街だし、キャパ250とか300から始まるようなハコばっかりだから。チケットノルマも含めて、ひとつのライブを行ったときの見栄えが全然違う」

後藤「あぁ、なるほど」

RACCO「高校生がさ、みんなで練習して “今度はライブやってみよう!” って盛り上がって、友達にチケット売ってステージに立つっていうことが、広島ではなかなか難しい。でも岡山ではクソガキバンドが派生しては解散して、また盛り上がってライブをやるっていうことを繰り返してる。俺がもしバンドをやり始める高校生だとすれば、やっぱり、友達10〜20人呼んでカタチになるようなハコでやりたいよなぁと思うし。その意味でフリークスはこの小ささにこだわったのね。だから敷居を低くするのはもちろん、歩み寄り方ってもっとたくさんあると思う」

西片「うん、ラコスバーガーとの共同店舗っていうのも、だいぶヒントになった。ライブハウスってもっといろんな使い方ができるんだなって」

RACCO「たとえば中古楽器を集めて貸し出してもいいし、委託で売っちゃって、そのお金をライブハウスの経費として使ってもらってもいい。地元の少年は安い値段でギターを自分の手に持つことができるしね。そういう動きって面白いじゃん。移転して次に何をやるかって考えるだけでも、わりと俺、胸をときめかせているフシがあって」

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後藤「移転は、この春に決まっているんですよね」

西片「うん。でもそれは以前からわかっていたことで。ライブハウスのなかった街でどこまでできるのか、試運転的に始めたのがフリークスでもあったから。もちろんこのスペースに対する愛情はあるけど、移転に関しては前向きに受け入れてる。今は、周りが “応援してるよ” って言ってくれるだけじゃなく、役所からも連絡が来て “今後もぜひ続けていただきたい” なんて言ってくれるから」

菅野「街の反応は、オープンから移転までのこの一年半でずいぶん変わったんですよ。それまでなんだかわからなかったライブハウスっていうものが、どんどんみんなに知れ渡っていって。あとは震災から経った時間の長さですよね。一年くらい前、たとえば飲食店がオープンすれば、復興だっていう勢いでワーッて盛り上がったんです。わかりやすく売上も伸びただろうし。でも今はそれも落ち着いて通常の営業に戻るし、平日はヒマになってしまったりする。落ち着いちゃって、悪い意味でも元に戻っちゃってるんですよ」

後藤「そうなんですね」

菅野「でも、ライブハウスっていうのは、市の大きい施設を別にすれば唯一、毎週のように人が集まってくる場所なんですよ。そこは顕著に見えてきましたね。この街に100人が入る飲食店なんてそうそうないですし、それが一年後も続く保証はどこにもない。そういう意味も含めて、普段ライブハウスに来ない人たちもフリークスを歓迎してくれるようになって。移転後も “田舎のこの街に、これからもライブハウスというものがあって欲しい” って言ってくれる人は増えていますね」

RACCO「ここが、街のカンフル剤になってるんだよね」

菅野「そうですね。で、これから移転するときのイメージとして、ハコの周りに飲 食店とかバーが集まっていれば、ライブ目的の人たちがその後ご飯を食べに行くとか、友達と飲みに行くとか、そういう流れもできるだろうし。今までバラバラだったものが新しい街でひとつの流れになっていくというか。もちろんライブハウスが中心だとは言わないですけど、今は、周囲の飲食店の方々も “一緒にやっていきたいね” って言ってくれたりするので」

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西片「移転前はライブハウスがなかった街だから、まずライブハウスっていうものをどう定着させるか、が課題だったけど。でも、結果的には前例がないからここまで歓迎されたと思う。今言ったように、新しい街作りにおいてライブハウスはどこに位置づけられるべきか、なんてことを街のみんなが考えてくれるなんて、普通ありえないじゃない? それは最初に言ったように “ライブハウスはこういうものだ!” って決めてかからなかったことも大きいと思う。できるだけ間口を広く、敷居を作らず、フレキシブルに対応したいっていう気持ちだったから。それが結果的に今、3軒の個性になってるんじゃないかなと思う」

後藤「なるほど。このフリークスに来る子たちって、どのくらいの距離、どのくらいの範囲から集まってくるんですか?」

菅野「気仙沼から来てくれるお客さんは多いですね。北は釜石ぐらいから。あと一関からもけっこう来ますね。仙台が近いんで、やっぱり音楽とかライブが好きな人が多いみたいです、一関のあたりは」

後藤「みんな、だいたいクルマで来るんですよね?」

菅野「そうですね。釜石だとクルマで40分くらい。気仙沼だと1時間かな。とりあえずクルマは必要ですね」

西片「アクセスの問題はやっぱりあるのね。こないだ大船渡に入ったとき、あえて公共機関だけを使ってみたの。一関から電車で気仙沼まで出て、気仙沼からはBRT(バス高速輸送システム)っていうルートだったけど………まぁ、遠い。ぶっちゃけ億劫だよね」

菅野「大船渡からクルマで青森に行くんだったら、東京から高速使ったほうが早いですもん(笑)。ここからだと五時間くらいかかる」

西片「それさ、さっき言った、中古楽器を置いたらどうかっていうアイデアにも繋がるんだけど。たとえばギターに興味持った地元の高校生が、弦が切れちゃって楽器屋さんに行かなきゃっていう時、ひとつ週末を逃すと二週間もギター触るの我慢しなきゃいけなくなる。それを考えると、中古でいいから弦とかちょっとしたものがある場所って大事じゃない? 別に売りはしなくても、楽器があって “ちょっと弾かして” って言えば借りられるような環境。それはあったほうがいい」

RACCO「あと、バンドがツアーに来たらCDを数枚置いていくとか。他にもスケートボードとか自転車とか、いわゆるストリートカルチャーにまつわるものが置いてあっても面白いし。フラッと寄ればそれだけで何か情報を掴んで帰れる。それぐらいのパワーがある新しいスポットに、しようと思えばできるから」

後藤「なるほど。いいですね、そういうの」

RACCO「限られた坪数だし、売上で言えばコンビニよりは絶対低いわけで。それでも人間の雇用はしなきゃいけない。だったら “コンビニよりこっちのほうが面白い” って地域の人に思われるような在り方を目指すべきだよね。来てくれるお客さんのステイタスが刺激される場所。さっきのギターの弦の話も、今ならネットで買えるじゃない。でも、ゴッチがこの新聞、紙面にこだわってるのと同じで、要は、足を運ぶこと、手にすることの付加価値が重要で」

西片「ライブハウスまで足を運ぶことに、ね」

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