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進歩と未来 | 奈良美智

探究心や感性を共有したい

奈良「そのまま僻地や過疎のことを調べていたら、今度は先住民族にまで行き着いて、今はアイヌ文化を個人的にいっぱい勉強しています」

後藤「僕も何年か前から、(※2)MAREWREWという、(※3)OKIさんとも一緒にやっているグループと一緒にライブさせてもらったりしていますよ」

奈良「OKIさんのTwitter、いいですよね。ネイティブアメリカンの人たちと考え方も似ているし。アイヌとネイティブアメリカンは、政府による政策もそっくり。隔離して、文化を奪って、同化させるという具合に。それがもう少し時が経つと、建前で居住区を作って政府がカッコつける。『みなさん中で保護しますから、そのまま伝統文化を続けてください』みたいな。明治時代、昔、“土人”だった人たちということで、(※4)北海道旧土人保護法をつくったの。土地を与えるからそこに定住しなさい、と。でも、アイヌの人たちは定住するという感覚がなかった。土地はみんなのもので、季節ごとに移っていく暮らしをしていたから、悪い日本人に騙されて土地を売っちゃったんです」

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後藤「ひどい話ですね」

奈良「旧土人保護法がようやくなくなったのは1997年ですよ。80年代に中曽根元総理が日本は単一民族国家だと言い切ったの。それが引き金で見直され、世界的にも少数民族の権利が認められていった。今度の東京オリンピックが決まったことに関連して、北海道に少数民族のための文化センターを作る噂を耳にしたことがあります」

――アイヌ文化への関心は、奈良さんの作品にもつながりますか?

奈良「それが作品へ直接、現れるかといったら現れないんだけど。そういう探究心とか感性を共有することが、違うかたちで作品に現れるでしょうね。旅に行ったときの印象とかすぐ現れるんじゃなくて、半年くらいぼーっとしているときにそのときの感覚がよぎって、アイデアが生まれたりとかがあるし。そういうこと、あるでしょう?」

後藤「分かりますね。海外ツアーに行ったりすると、別にそのことを唄にしているわけじゃないんだけど、メロディが出てきたりとか、歌詞もそうなんですけど」

奈良「当時の日本政府は文字を持たないアイヌが未開で野蛮、遅れている劣等民族だと国民に教え込んだ。全然そんなことなくて、アイヌの人たちは文字を持たなかったからこそ、歴史の中に組み込まれない。証拠が残らないから。その代わり『ユーカラ』という叙事詩を持っていて、自分たちの歴史を耳で覚えて、語り継ぐ。その役目の人がいて、どうやってこの国ができたかとか、北海道や千島アイヌは囲炉裏を棒で叩きながら語っていくの。そういう民族って世界でも少ないから、文化的に誇れるものなのね。千島と樺太では方言も違うし。樺太アイヌは寝てお腹を叩きながら語る。金田一京助(※5)さんが調査にいったとき、長老がいきなりゴロンと寝てビックリしたそうです」

EUは、憎しみを捨てる覚悟で統合した

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奈良「そうやって調べていくと、東北アイヌの文化が身近に面白く感じて。それはやっぱり、東北に生まれた自分たちの生活に残っているからなんだよね。ちょっとした小物の呼び名とか、信仰が形を変えて『こけし』になったりとか……これは俺の説なんだけど、それが残っている。そういうものを学んでいくと、日本という国がどういう風に成長してきたか、どんどん分かってきて。昔はあんまり疑問を持たなかったんです。日本史の授業でも、最初に関東より北の地域が出てこないことを不思議に思わなかった」

後藤「僕もアイヌのことを調べたりするうちに、日本は、いつから今の『日本』になったか、という問いも生まれてきて。最初は自分がやってる音楽のことが気になったんです。ドレミファソラシドというオクターブを12等分した音階を使うのはなぜだろうって、そんな疑問から本を読み始めて。そうしたら、明治維新以降に『国』に対する考え方が変わり、それ以降を俺たちは生きているんだと分かったんです」

奈良「それ以来、日本という国が進歩してないよね。いい意味で明治維新まで戻れたらいいと思うけど、今、戻るべき場所を間違っている気がとてもしていて。やっぱり、島国で地べたで国境を接しないまま何千年か暮らしていた人たち、もちろん大陸から渡ってきた人もいっぱいいるんだけど、国境を接する国とのいざこざが圧倒的に少ない歴史の結果、こういう気質が生まれたんだと思う。戦後のアメリカが進駐してきたときの調書を読むと、全て話し合いで解決する西洋社会と比べ、政治レベルが圧倒的に低いと書いてあるようだし」

後藤「長い間の封建主義が染み付いたんですかね。スゴい年月ですから」

奈良「俺はドイツに12年間住んでいて、そのときに感じていたのが『国境というものは動いていくもの』だということ。敵対する者同士でもどうにか折り合いを付けるから、どうにか戦争が終わるわけじゃない。EUというのは、その後いろいろ問題が出てくるけど、非常にうまく統合したのね。共通の価値観を持つことで過去の憎しみを捨てていく、あるいは、経済的な価値観で一緒に成長しようとするときに、憎しみを捨てなくてはいけないと思わせるような話しあいができた。その事実にスゴく衝撃を受けたのね。戦後の賠償問題でも、日本が行ったことと、ドイツが行ったことの違いにもショックを受けたし。今回だと福島の事故のすぐ後、原発推進派だったメルケル首相が180度転換したのにはビックリしました」

――ドイツがそうできた理由は、なんでしょうね。

奈良「それはチェルノブイリの事故(1986年)が、陸続きの土地で起こったからじゃないかなと思っていて。俺、88年からドイツに住んだんだけど、安い東欧製のチョコレートを食おうとすると、周りが『食うな、食うな』と忠告してくる。ゴミの分別収集なんかでも、以前から環境先進国だったじゃない。だから脱原発の動きが一般家庭のレベルでも進んだんだろうね」

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奈良美智(なら・よしとも)

奈良美智(なら・よしとも)

1959年、青森県弘前市に生まれ。1981年、愛知県立芸術大学美術学部美術科油画専攻に入学。1987年、同大学大学院修士課程修了後、1988年にドイツに渡り、国立デュッセルドルフ芸術アカデミーに入学する。2000年帰国。翌年、新作の絵画やドローイング、立体作品による国内初の本格的な個展「I DON'T MIND, IF YOU FORGET ME.」が横浜美術館を皮切りに国内5ヵ所を巡回。いずれの会場でも驚異的な入場者数を記録し、美術界の話題に。現在、青森県立美術館、その他、東京都現代美術館、ニューヨーク近代美術館など、国内外の多くの美術館に作品が収蔵されている。現在、森美術館で8月31日まで開催されている「ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通して見る世界」に参加。

(※2)MAREWREW(マレウレウ)

アイヌ語で「蝶」という意味を持つ、女性4人組のヴォーカルグループ。アイヌの伝統歌「ウポポ」の再生と伝承をテーマに活動する。さまざまなリズムパターンを持つ輪唱で、ステージに天然のトランス感覚をもたらすアーティスト。

(※3)OKI(オキ)

樺太アイヌの伝統弦楽器「トンコリ」(五弦の琴)奏者であり、音楽プロデューサーとしてマレウレウほかのアーティストを世に送り出す。OKI DUB AINU BAND(ダブ アイヌ バンド)を率いて、世界各地でツアーを行っている。Twitter アカウントは @okikano

(※4)北海道旧土人保護法

1899年(明治32年)施行。アイヌ民族の保護を名目としつつ、当時の日本政府が進める同化政策のために使われた。1997年(平成9年)「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」(アイヌ文化振興法、アイヌ新法)の施行にともない廃止。

(※5)金田一京助(1882-1971)

アイヌ語の研究で著名な岩手県盛岡市出身の言語学者、民俗学者。石川啄木の親友だった。長男の金田一春彦は『明解国語辞典』の編纂や日本語方言の研究で知られる言語学者、国語学者。