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『THE FUTURE TIMES』の今までとこれから -インタビュー: 編集長・後藤正文-

〝書けない〟ということについて書く

2013年7月発行05号
「災害を記憶するために〜未来への伝言〜」
18mを超える津波が襲った岩手県陸前高田市でNPOが取り組む「桜ライン311」の活動を取材。 災害の記憶と避難のメッセージを後世に伝えるため、約170kmにおよぶ津波到達ラインに沿って10mおきに桜が植樹されている。2017年3月時点で1227本が植えられた。

——これまでの取材記事の中で、後藤さん自身が特に印象に残っているものをいくつか挙げてもらえますか?

「まず、東北のことでいうと、陸前高田の『桜ライン311』の取り組み(2013年7月発行07号「災害を記憶するために〜未来への伝言〜」)はラディカルだと思いました。震災の記憶を後世に受け継ぐために、津波の到達地点に沿って桜の木を植樹するっていうプロジェクトで。被災の経験って、きちんと語り継がれることが大切で、実際、集落に残っていた文献が共有されていたおかげで、住民が津波から逃げられた土地もあるんです。毎年、花見をしながら震災当時の話をする場所になるかもしれない。『後世にどう伝えるか?』は大きなテーマです。石碑を建てても守れなかった命が過去にはあります。それを春に咲く桜に託すっていうのは象徴的だし、希望があるなって」


——やはり、即時的ではなく、長期的な視野の重要性が感じられますね。

「未来の誰かの助けになるように……って考えるのは、何ごとにおいても重要だと思うんです。僕たちも、失われた何かの境界線に桜の木を植えるように暮らしていけば、もっと社会はよくなると思う。『桜の木を植える』って言葉を言い換えて、そのフィーリングだけを別の形に変えて、社会の役に立てていくっていうね」

——続いて、エネルギー問題についての記事ではいかがですか?

「神戸市の『こうべバイオガス』は、循環型エネルギーの取り組みとして、とても画期的だと思いました(2012年4月発行02号「Thinking about our energy vol.2」)。もともとこのプロジェクトは、阪神・淡路大震災で下水のインフラが損壊したところからスタートしてるんです。大きな団地なんかを見ると、『ここから出る大量のごみや排泄物はどうなってるんだろう?』って疑問に思ってたんですけど、神戸市は下水汚泥を捨てるんじゃなくて、燃料にして都市ガスやバスの燃料に再利用している。ものすごくラディカルだなって。しかも、それを行政がやっていることに意味があるなって」

——というと?

2012年4月発行02号
「Thinking about our energy vol.2下水道が資源の方向に変わる」
神戸市が2008年から始めた「こうべバイオガス」のプロジェクトを取材。 約37万人の下水を処理する過程で生じた汚泥をバイオガスに精製し、市バスの燃料や 都市ガスとして供給されている。地産地消型エネルギーの 取り組みとして、国内外から注目を集める。

「行政が行うと予算がつくし、『上手くいかないんで今日でやめます』ってわけにはいかないですよね。ひとつの循環として、市民の生活の中に組み込まれていくわけで、構造が強固です。継続的な投資が必要になるけど、税金の使い道としてすごくいいと思う。偉人の伝記みたいな語られ方ではなくて、心ある人たちの想いの積み重ねでこんな取り組みが実現するんだっていう、ものすごい成果だと思うんです。みんながジョン・レノンにならなくても、リスナーのまま面白いことはできるっていう、そういう証明でもあると思います」

——そういった現場を作家や研究者の方と一緒に訪れて取材するという記事も、定期的に組んでいますよね。

「いとうせいこうさんと祝島(山口県熊毛郡上関町)に行って、30年続いている原発建設抗議デモに参加させてもらったり、民俗学者の赤坂憲雄先生と三陸海岸の現状を聞き歩いたり。最新号では、作家の古川日出男さんと一緒に福島県の双葉郡と沖縄を巡ったんですけど、とても印象に残っています」

2016年3月発行08号
「ボーダーラインを越えて 対談:古川日出男×後藤正文」
福島県郡山市出身の作家・古川日出男とともに沖縄の米軍基地周辺と南部戦跡、福島第一原発のある双葉郡、常磐炭鉱エリアを巡りながら、NIMBYの問題について、そして外部と内部、中央と地方といったボーダーラインを越えるための言葉の可能性について語った。

——被災地や基地周辺に横たわる『NIMBY』の問題を捉え直しながら、言葉や想像の力でいかにボーダーを越えるかについて対話をされていますね(2016年3月発行08号「ボーダーラインを越えて 対談・古川日出男×後藤正文」)。

「古川さんと一緒に回ることで、考えていたことがクリアな形で言語化されたように思います。話してるときはわからなくても、文字になったものを読むとより鮮明になるところがあって、優れた小説家の言葉は強いなって思いました。そして改めて、福島や沖縄に押し付けている物ごとの大きさに、打ちひしがれました。ひとりの書き手として、『書く』ことはずっと大きなテーマですけれど、福島や沖縄の歴史と現状の前では呆然とするしかない。でも、僕たちはそうやって格闘しなきゃいけない。『書けない』ということについて書くことも大事というか、考え続けなければいけない」

——逆説的に、それが「書く」ということでもあるというか。

「あの記事を作って、何かひとつの大きな答えが出たわけじゃないし、結局、様々なボーダーの前で、ふたりで黙り込むしかなかった。でも、作家のアティテュードや言葉が、読者を揺り動かすと思うんです」

ものの見方を少し変えれば
社会は豊かになっていく

——編集長として、この6年間の活動の手応えをどう感じていますか?

「最初から成果はあまり求めていなかったというか、圧倒的な手応えがあるとは考えていなかったんです。林業に携わる方が、収穫まで30年もかかる木を植えているのと同じように、ある種の利益は未来の世代が手にすればいいと思うんです。この新聞によって、みるみる世の中を良くしてやろうって考えて作ったら、とても傲慢なものになるだろうし。即時的な手応えを求めるのは、その週のヒットチャート上位を狙うみたいな考え方で、僕はそういうことがしたいわけじゃない。パスを出すようなイメージですね。読んでくれた若い世代が、進路を考えるとき何かのヒントになって、20~30年後に社会を変えるような発明をしたり、なんらかのアクションの中心にいてくれたら最高だなって思うけど、実際そうなるかどうかはわからない。なので、長いスパンで考えています」

——やはり、「今」よりも「未来」での成果が重要だと。

「自分がこういう活動をすることによって、『同じ方向を向いて歩いてる奴がいるんだな』って、確認してくれる人はいるかもしれないですね。日本は社会に対して声をあげることに、まだまだ寛容だとは思えない。芸能人のスキャンダルを見ても思うけど、とにかく目立つ人間を叩きたいみたいな空気って、昔から社会に立ち込めてる。ミュージシャンがそんな空気に抗うのはいいことなんじゃないかなって。この活動が立場の弱い人へのエールになれば嬉しいし、もしくは若いミュージシャンたちが、『あのメガネのおじさんがあれだけできるんだったら、俺たちでもやれる』って思ってくれたらいいなって」

——今後の『THE FUTURE TIMES』について、何か構想はありますか?

「やっぱり、ごみの問題はすごく気になります。読んだり書いたりすることにも興味があるから、そういったことも面白い角度で記事にできればいいですね。それから、先入観を持って記事を作りたくないっていうことですね。たとえば、東北の被災地で取材をするにしても、現地の人たちと『一緒にいる』くらいの感覚でいいのかなって思うんです。変な使命感が問題をこじらせることって必ずあって、別に僕たちは問題を探しに行ってるわけじゃないし、ある種の悲劇を探して読み手に訴えかけるような姿勢って、一番失礼なことだと思うから。進んだこと、進んでいないこと、楽しいこと、もどかしいこと、それをありのままに伝えていきたいなって思いますね。記事に過剰なドラマ性みたいなものは求めていないので」

——ドラマ性?

「ネットの記事に顕著だと思うんですけど、わざとケンカを売るような中身だったり、釣りっぽい見出しだったり、あるいは極端に物事を簡略化して書いたりするようなものが多いじゃないですか。売り上げやPV数みたいなことだけを念頭に置くと、そうならざるを得ないっていうのもわかるんですけど、それって読み手に対して不誠実というか、どこかで相手を値踏みしてるような態度だと思うんです。その点、『THE FUTURE TIMES』はフリーペーパーだから、売り上げとかを気にする必要はないわけで」

——そこは強みのひとつですよね。

「だから、ちゃんと数年後、数十年後に読んでも読み物としての強度というか、訴えかける力のある中身だけを目指して記事を作っていけばいいと思うんです。ちゃんと読んでくれる人がいる、絶対に伝わるんだっていうことを信じて貫く。それが読み手を信じる、読み手の知性を信頼するっていうことだと思うので。ひょっとしたら記事の行間からこちらがまったく意図していないことを読み取ったり、記事を自分なりに編み直して、別の視点から取材したり書き直してみようと考える人だって現われるかもしれないじゃないですか。僕はそういう可能性を信じたいなって思うし」

——なるほど。

「世の中、内容やタイトルが過激なものだけが読み継がれてきているわけじゃないし、長く残るものって意外と地味でじっとりとしたものも多いですよね。小説の話になりますけど、僕の大好きなカズオ・イシグロの作品だって、前半3章目ぐらいまでほとんど物語が動かなくて、ちょっと退屈だなぁなんて思いながら読み進めるわけですよ(笑)。でも、時間をかけて通読したあとの重厚感っていうか、物語の余韻がどこまでも残り続ける感覚っていうのは特別だし、今の社会が求める即時的な感動とはまったく別物ですからね」

——そうですね。

「それから、配布方法についてもいろいろ試してみたいなっていうのはあります。今みたいに広く全国に配布されるやり方じゃなくて、顔の見える範囲で、人から人へどんどん手渡されていくような方法も面白いだろうし、街のカフェに据え置かれて、その場で回し読みされるような広がり方をイメージするとか。もっと言ったら、今回、実験的に紙面の仕組みをA4サイズの中綴じっていう形にしたんですけど、必ずしも新聞っていう形式にとらわれる必要もないのかなって。号ごとのテーマだったり、読まれ方や広がり方をイメージしながら、それに応じてフォーマットを変えるのも面白いですよね。毎回、決まりきったことをやるんじゃなくて、『THE FUTURE TIMES』っていうメディアを通して、社会の仕組みにも関わるような、いろんなアイデアを試していけたらなって思ってますね」

——『THE FUTURE TIMES』は実験の場でもあると。

「ものの見方を少し変えるだけで、肩肘張らずに、社会が豊かになる気がするんです。みんなが血眼になって、『正義』みたいなスローガンを背負う必要はないというか。身の回りをほんの少し面白くするとか、暮らしをよくするとか、そういうところに愛だったり、感謝だったり、真顔で言葉にするのは照れるけど、誰かに何かを差し出すようなフィーリングを宿していけば、きっと社会はよくなると思うんですよね」

(2017.12.12)
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後藤正文(ごとう・まさふみ)

後藤正文(ごとう・まさふみ)

1976年生まれ、静岡県島田市出身。ASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカル&ギター。 Gotch名義でソロ活動も行い、音楽レーベル「only in dreams」の運営を手掛ける。それらと 並行して、朝日新聞で連載エッセイ『後藤正文の朝からロック』を担当するなど、執筆活動も 行う。著書に『何度でもオールライトと歌え』(ミシマ社)など。 2017年7月には初の短編小説『YOROZU〜妄想の民俗史〜』(ロッキング・オン)を刊行した。