HOME < 下水道が資源の宝庫に変わる こうべバイオガス -Thinking about our energy vol.2

下水道が資源の宝庫に変わる

下水もゴミも“捨てたもん”じゃない。 神戸市の下水処理場から始まった循環型のエネルギーの取り組み。 東日本大震災によって、日本のエネルギー事情は見直されようとしている。 再生可能なエネルギーとして期待される、バイオマスの現在を取材。

取材・文:山岡可恵 構成:後藤正文
取材協力 : 神戸市建設局下水道河川部 保全課 保全課長 瀧村豪さん 堀江龍一さん

下水から生まれるエネルギーで米が炊け、車が走る。

 車はガソリンで走る。
 一般的にそう思われているが、神戸市では、下水道から生まれるエネルギーでもバスが走っている。

グラフ

 「東灘処理場は、神戸市の約155万人の人口のうち37万人ほどの下水を処理している施設です。家庭や工場から送られてきた汚水は、まずゴミや汚れの成分を沈殿させ、微生物の働きで水をきれいにします」
 下水処理の流れを教えてくれたのは、神戸市建設局下水道河川部の瀧村豪さん。きれいになった水は、阪神淡路大震災時に防火用水が足りなかった地区へせせらぎとして流したり、人工島の六甲アイランドの緑に散水したりと、再利用しているという。
「汚水処理の後には汚泥が残ります。その汚泥を消化タンクに入れ、微生物を使って有機物をメタンガスに変えます。廃棄しなければならない汚泥を減量しているんです。ここで出るガスを精製したものが、市バスなど天然ガス車の燃料(図1)。天然ガスを入れるバイオガスステーションの登録車両は150台ほどで、そのうち100台くらいは宅配車やトラックなど民間の車です。エコに取り組まれて天然ガス車両をたくさん使い、地産地消のエネルギーで配達されているんです。都市ガスとしての利用(図2)は、2010年からスタートした日本で初めての試みです。下水道は水とともにエネルギー源となるバイオマスを集めるシステムなんです」
 東灘処理場の場合、バイオガスステーションでは燃料代として、都市ガスはガス代として経費を回収。環境に貢献する市の取り組みとはいえ、経費が回収できなければ継続性がない。コストも考える必要があるけれど、下水処理施設のバイオガス利用は、どの地域でもできることだという。

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 さらに、地域にはまだまだ利用できるバイオマス(注1)があると、神戸市は「KOBEグリーン・スイーツプロジェクト(注2)」を発表。下水処理に適した食品製造系と木質系のバイオマスを汚泥と混合することで微生物の働きにより、効率よくガスを回収するというプロジェクトだ。使われるのは、洋菓子店の多い神戸ならではのスイーツ工場などの食品製造時に出てくる廃棄物と、緑豊かな神戸のシンボルともいえる六甲山の整備から出る間伐材など。他のバイオマスに比べてガスを取り出すのが難しいといわれる木質系バイオマスも、間伐材や剪定された枝葉の用途を広げるため、取り組むことになった。また、木質の有機物により、汚泥を最終的に焼却するときの燃料を減らす効果もねらっている。本格的に始動されれば、廃棄されていた地域バイオマスの有効利用にもつながり、ゴミを減らすことができる。

 神戸市がこの再生可能エネルギーに取り組み始めたのは、阪神淡路大震災がきっかけだったそうだ。
「東日本大震災では海岸部の各地の処理場が甚大な被害を受け、懸命の復旧が行われています。阪神淡路大震災のときも東灘処理場が被害を受けて使えない状態になりました。水道が家庭で使えるように復旧してきたとき、汚水をそのまま流すと海を汚染します。水環境を守るために、運河を締め切って沈殿処理をしました。100日間の緊急対応でした。その間に、なんとか処理場は仮の復旧をしたんですが、これは震災対応のモデルにもなっています。震災により、神戸は各地からたくさんの支援をいただいた。そこで、震災10年後の2004年に〝震災から10年、これからすること〟を神戸から発信しました。その発信のひとつが、エネルギーの有効利用、再生可能エネルギーの大切さを伝えるということです。処理場内で再生可能エネルギーを使うだけではなかなか広まらないので、車が街を走ればPRになるだろうと自動車燃料を考えました」
 日本全体で2000を超える下水処理施設があるなか、規模の大きい300ほどの施設に消化タンクがあり、ガスの有効利用を検討しているそうだ。37万人分の下水で150台の車両と都市ガス2000世帯分。全国に広がれば影響は大きい。1億人分の下水として単純に計算してみると、約45000台の車が動かせ、60万世帯分の都市ガスになる。地域のバイオマスを活用すればさらに数倍になるという。

震災10年後の発信。エネルギーの有効利用で循環できる社会へ。

 『こうべバイオガス』のようなバイオマスエネルギーは、自然界と関わりながら人々の生活の中で下水道が資源の宝庫に変わるとして期待されている。日本各地でも、木材工場の削りかすをペレットストーブの燃料にしたり、牧場の牛糞からバイオマス発電をしたり、ビール会社が技術を活かしてバイオエタノール製造をしたりと、さまざまな取り組みが行われているようだ。エネルギーも使い捨ての時代から、自然を利用し、リサイクルすることが当たり前になる時代が来るだろうか。
「神戸の下水道は旧居留地で1868年から建設が始まっていますが、110年ほど昔の1900年頃は、神戸の人口は約13万人でした。その頃、排泄物や有機物は農業利用していたんですよ。畑に撒くことで肥料になり、食物になり、と循環していた。ただ人口が増えると仕組みを考えないとうまくいかない。さらに今はたくさんのエネルギーを使うため、複雑になっています。インフラが整ってきているので、家庭から効率的に再生できるエネルギーを回収し、地域で使えるものを活用すれば、いいネットワークで繋がっていけるのではないかと思います。現代の便利な生活と昔のエコな生活を両立させる社会の仕組みを作っていくことが大切だと思います。神戸市のガスの取り組みはショーケースのようになっていて、全国各地や東南アジアの国々からも見学に来られています」
 人の排泄物も肥料として売り買いされ、ゴミ0の社会だったという江戸時代。バイオガスで走る車や都市ガス管を通して流れるバイオガスで温まる風呂、コンロなどは、現代版の循環型社会に近づくひとつの方法になるはず。
 天然ガス車をはじめ、広まりつつある電気自動車やソーラーカー、天ぷら油で走る車…食べ物の産地を選ぶように、未来の車の燃料や家庭で使うエネルギーは個人レベルで選べるようになっているかもしれない。

下水道が資源の宝庫に変わる「こうべバイオガス」

■脚注

(注1) バイオマス

生物資源の量で、化石資源を除く再生可能な生物由来の有機性資源のこと。家畜の排泄物や生ゴミをはじめ、間伐材(木材)や稲わら、トウモロコシなど、エネルギー化できる廃棄物や未利用のもの、資源作物などが含まれる。
また、バイオガスはバイオマスを発酵、または消化させたときに発生するガスのことで、メタンが主な成分。メタンのまま利用したり、燃焼させて電力などのエネルギーを得たりする。これは再生可能なエネルギーでCO2も循環するので、化石燃料に代わるエネルギーとして、また地球温暖化防止対策に効果があると期待されている。

(注2) KOBEグリーン・スイーツプロジェクト

地域ならではのバイオマスを活用しようというプロジェクト。神戸市に多いスイーツ工場など食品製造時に出てくる廃棄物は、ガスを発生しやすい糖類やでんぷんなど有機物を多く含むため、下水道で利用できるか確認できたものは食品系バイオマスとして利用。また、街路樹や公園の剪定、六甲山を手入れする際に出てくる間伐材などは木質系バイオマスとして利用する。これらを消化タンクに加え、汚泥と混合することで、汚泥処理の効率をアップ。機能すれば、ガスの発生量を大幅に増やすことができる。さらに汚泥は最終的に焼却するので、汚泥自体のカロリーが上がっているほうが補助燃料を減らせ、節約につながる。このように、廃棄されていたものからガスを取り出し、残った有機物を汚泥のカロリーとして利用すれば、下水処理の仕組みにうまく入ると考えられる。現在は試運転中。
(2012.6.27)