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憲法と民主主義 | 対談:木村草太×後藤正文

選挙権は公務なのか権利なのか

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木村「それでは、コンセプトを示すことの重要性を踏まえたうえで、ここからは憲法や民主主義をいかにうまく機能させていけばいいのかっていう、アイデアについての話をしたいと思います」

後藤「はい」

木村「法学には昔から、選挙権っていうのは〝権利〟か〝公務〟かという議論があるんです。後藤さん、〝選挙権公務説〟という言葉はご存じですか?」

後藤「初めて聞く言葉です」

木村「じゃあ、説明しますね。選挙権は憲法で保証されている国民の権利のひとつなんですが、選挙権だけ、他の権利とはちょっと性格が違うんです。たとえば表現の自由、営業の自由、裁判を受ける権利っていうのは、基本的に個人のための権利ですよね。個人がやりたいことを自由にやる権利として与えられている。でも、選挙権に限ってそうではないんです。つまり、個人の一票によって政治家を選ぶっていう強い権力作用があるので、そこには個人的な範疇を超えた、仕事、公務としての意味合いが含まれてくるはずだと、そういう理論です」

後藤「よくわかりました」

木村「この理論を展開させていくと、今度は、なんらかの理由で選挙権が制限されたときに損害賠償を請求できるのかという論点が浮上するんです。表現の自由や営業の自由が侵害された場合であれば、損害をこうむった個人に対して、そのぶんだけ賠償しろというのは理屈として通りますよね。しかし、なんらかの理由で選挙権を行使できなかった場合、〝そこで損するのは誰か?〟という問題が出てくる。もっと言うと、首相である人が権限を行使できなかった場合、不利益を被るのは首相個人ではなく国民全体になるはずですよね。だから、首相個人が賠償金を受け取ることはできないんです」

後藤「なるほど」

木村「それと同じ理屈で、選挙権を行使できなかった国民が果たして賠償金を取れるのかというような話にもなってくるんですが……私は選挙権に公務性を強く読むので、そういう考え方には与しないとうか、ちょっとおかしいんじゃないかと思っていて。今、選挙権っていうとすごく権利性が強いもの、自分が損をしないために投票する資格が認められているものなんだという、非常にニヒリスティックな感覚が強いなと思うんです」

後藤「そうかもしれないですね」

木村「一票の格差の是正論というのがありますが、あれも人口の少ない地域が不相応に多くの議員を出していて、都市部の人間が損をしてるんじゃないかっていう論調で話が進んでいる気がするんですね。〝俺の一票に重みがない!〟と」

後藤「それが投票率の低さにもつながってきているんでしょうね。〝どうせ何も変わらない〟っていう、端から諦めてる感じというか」

木村「それはあると思いますね」

後藤「でも、それって言い換えると、選挙を消費者マインドで捉えてるっていうことなんじゃないですか。つまり、自分はちゃんと一票投じるんだから、そのぶん何かしらの見返りがあって当然だろうっていう」

木村「まさにそうなんですよ。でも、憲法とか民主主義をうまく駆動させるためには、消費者マインドで行動してはいけない領域があるんです。むしろ公務性をこそ強く持つべき領域があるんだって、市民が思ってなきゃいけないんですよ」

後藤「なるほど」

木村「消費者マインドは、どうあっても個人的な利得の域を出ませんから」

後藤「今の話でいうと、僕、昔から田舎の国政選挙に関してずっと不思議に思ってることがあって。言い方は悪いですけど、田舎の土建屋の親玉みたいなオッサンが当選して、地元代表として国政に行くっていう状況が各地で起こってるわけですけど、要するに彼らが選ばれているのは、どれだけいっぱい地元にカネを運んでこれるか、利権で繋がってる企業にどれだけ公共事業を引っ張ってこれるかみたいな、そんな理由だけで選ばれてるんじゃないかと思って。その結果、田舎には不相応に巨大な土木事務所が建つようなことが起こるっていう」

木村「なるほど」

後藤「そういうのって、もう消費者マインドの成れの果てというか……誰かを選んだはいいけど、本当に地元全体の利益になってるのかなって思うんです」

木村「本来、選挙ってそういうものじゃない気がすると」

後藤「そうなんです」

木村「結局、国や地域をつくるのは連帯なので、選挙っていうのはその連帯を生むための手続きだという感覚がないとダメですよね。じゃないと、いつまでたっても消費者マインドから抜け出せない」

後藤「どうやって乗り越えたらいいんでしょうか」

木村「やっぱりね、最近の日本の政治や言論状況なんかを見ていても、いろんなものに期待しすぎている感じがします。〝このチームでやっていくしかないんだ〟っていう前提で物事を考えなきゃダメだと思うんです。日本には人口が1億3千万人いるけど、無限にいるわけではない。あるポストを決めるにも、限られたなかから選ぶしかないんだと。だからこそ厳しく見る目と、自分が支えて盛り立てなきゃいけないんだという感覚を持てるわけで。消費者マインドっていうのはまさに、供給者の側に無限を要求している感じがするんですよね」

民主主義に参加するためのアイデア

後藤「その点、選挙が公務の性格を持つことを認識するだけでも違いますか?」

木村「と、思いますね。そのうえで選挙についての知識を改めて身に付けていくしかないと考えます。先日、この方も僕の師匠なのですが、長谷部恭男先生と日本の選挙制度について話す機会があったんです。で、先生が言うには、やはり今の選挙制度はちょっと極端だろうと」

後藤「はい」

木村「それで、彼がよく参照するアイデアが、フランスで採用されている『小選挙区2回投票制』という制度なんです。小選挙区なので各選挙区でひとりしか当選できません。ただし、1回目の投票だけで当選するには過半数の得票が必要です。1回目の投票で過半数を獲得した候補がいない場合は、一定の得票率を得た候補だけが立候補できる、2回目の投票を行うっていうシステムなんですね」

後藤「おもしろいですね」

木村「この制度下で、ある選挙区に自民党、民主党、共産党の3候補がいるとします。そして仮に共産党の熱烈な支持者がいたと。当然その人は、1回目の投票では共産党の候補に入れるわけですよね。でも、結果的に共産党の候補が規定の投票率を獲得できなかった。すると2回目の投票は、しょうがないから自民か民主、どっちかに入れなきゃいけない」

後藤「ベターなほうへ」

木村「そう、ベターなほうに。この方法がユニークなのは、1回目と2回目で、投票者が全然違うことを求められるという意味合いがあるんです。1回目はとにかくまず〝あなたの気持ちを述べなさい〟っていうものなので、これは負けるとわかっている候補に投票することにもすごく意味があるんです。〝予想以上に共産党が支持を集めたぞ!〟っていうことになったら、仮にその人が2回目の投票に行かなくても影響力を持つので」

後藤「少なくとも〝世論としてはこんな意識が高まってるぞ〟っていう表明になるわけですもんね」

木村「そういうことです。しかもこの状況で、自民と民主がどう反応するかといえば、2回目で勝つためには結局そうしたマイノリティの取りこぼしを拾うための活動をしなきゃいけないので、単なる二大政党制ではなくて、できるだけ多くの意見を反映できるような形でグループを作るということが起きるんです」

後藤「それこそ、合意形成の過程に市民がコミットできる可能性が出てくるっていうことですよね?」

木村「そういうことです。そして、各政党の動きを踏まえて2回目の投票行動を考えられると。私は、この制度にはふたつの利点があると思います。ひとつはやはり今おっしゃったように、多くの人が政治に関われるようになるという点。ふたつめは、政治というのはベターを選ぶ作業なんだっていうことが実感できるという点です」

後藤「なるほど。身をもってそれを学ぶ機会になると」

木村「この制度を通して、選挙のダイナミズムをより感じることができると言ってもいいかもしれません」

後藤「確かに、現在の選挙制度の手応えのなさ、投票前から結果がわかってる感っていうのは改善されますよね。結果がすべてという現状の選挙より、合意形成の過程で少数派の意見が聞き入れられる達成感みたいなものもあるだろうし」

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木村「そうなんです。日本も新たな選挙制度として検討する価値は十分にあると思います。でも、この制度の存在を知らないと、こういう提案もできないわけで。やはり、民主主義を駆動させていくためには、政治決定を創造していく過程に自分が関わっていることを意識できるかどうかが大事だと思うんですね」

後藤「当事者意識ですね」

木村「そのためには、選挙制度なんかも含めて、まだまだいろんなアイデアがあるんだよという感覚を持つことにすごく意味がある。やっぱり、現行の制度しかないって思っちゃうとすごく閉塞感があるし、その先にあるのは、その制度のなかでどれだけ自分が得をできるかっていう消費者マインドの横行ですから」

後藤「だからこそ、みんな、自分の投票行為が権利なのか公務なのかっていうことを意識しながら、ちゃんと引き裂かれるっていうか、ちゃんと逡巡することを避けちゃいけないわけですよね。そうした経験を通して、選挙や民主主義に関わるための最善のあり方を、自分なりに模索していくっていうか」

木村「消費者マインドに抵抗できるのは、個々人のクリエイティブですよね」

後藤「本当にそうですね」

木村「ですから、民主主義が今よりちょっとでも成熟した将来、再び改憲の議論が出てきたときに備えて、市民も政治家も〝まずは世界平和が大事だよね〟とか〝みんなが介護に困らない社会をつくりたい〟とか、なんでもいいので〝自分はこういうことがやりたい〟っていう発言をしていくべきだと思います。その理想があったうえで、実現するためにはどうしたらいいかという技術の話に向かう。今はまだその手順がうまくいってないけど、まずは理想を掲げるっていうことを、ニヒリズムにとどめることなく、投げ出さないことが大切だと思いますね」

憲法を理解するためのブックガイド

テレビが伝えない憲法の話 (PHP新書)

木村草太『テレビが伝えない憲法の話』

(PHP新書)

普段、メディアが教えてくれない「憲法について考えることの楽しさ」を感じながらリテラシーを高めることができる、入門書に最適な1冊。日本国憲法が持っている〝3つの顔〟や制定時の物語から、9条改正論議のポイント、憲法と人権の関係性についての分析まで、最新の社会情勢を踏まえながら、硬軟織り交ぜたテーマで綴られる。

憲法と平和を問いなおす (ちくま新書)

長谷部恭男『憲法と平和を問いなおす』

(ちくま新書)

木村草太さん、推薦の1冊。日本国憲法の根っこにある〝立憲主義〟にスポットを当てながら、情緒論に傾きがちな憲法9条改正について冷静に考えるためのヒントを示してくれる。なぜ民主主義が大事なのか、なぜ個人は尊重されるべきなのか、といった憲法と関わりの深い〝そもそも論〟をじっくりと見つめ直したい人にすすめたい。

(2014.12.2)
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木村 草太(きむら・そうた)

木村 草太(きむら・そうた)

1980年生まれ、神奈川県出身。首都大学東京法学系准教授。憲法学者。東京大学法学部を卒業し、同大法学政治学研究科助手を経て、06年から現職。〝全法科大学院生必読の書〟として話題になった『憲法の急所』をはじめ、『平等なき平等条項論』、『テレビが伝えない憲法の話』、『未完の憲法』(奥平康弘との共著)などの著書がある。