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続々・あっちこっちと未来  | 森林から都市を眺める

東京の森・奥多摩から森林と共生を目指して

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いとう「さて、西粟倉、飛騨ときて、最後は奥多摩で進めているプロジェクトについて聞かせてもらいましょうか」

竹本「これに関しては、とにかく“奥多摩は東京の一部だ”っていうことをアピールしていこうと思っていて。東京に森があるという事実を知らない人がほとんどでしょうから。ちなみに後藤さん、東京都全体の面積のうち、森林が占める割合ってどれくらいか知ってます?」

後藤「ちょっと見当がつかないですね」

竹本「実は全体の3分の1が森林なんですよ」

いとう「意外だよね(笑)」

竹本「そのうちの約7割が多摩地域に属しています。だからこそ、“奥多摩は東京の森である”ってことを強調していこうと。実は、世界中の大都市で30分の移動範囲で大自然に触れられないのは、東京だけだって言われてるんです。海外の人のイメージは、“東京には自然がない”でほぼ統一されてるっていう状況なんです」

いとう「そこを変えていこうと」

竹本「はい。30分は無理でも、1時間あれば確実に大自然の入口に立つことはできますから。外国人観光客に向けて、“浅草もスカイツリーもいいけど、せっかく東京に行くんだったら森も見とかなきゃ”っていうイメージを、向こう3年ぐらいの間でアピールしたいんですよね」

いとう「東京オリンピックもひかえてるしね」

竹本「はい。まずは奥多摩の木を使って、『メイド・イン・トーキョー』って書いてある、東京的な家具とか、内装的なプロダクトを作っていきたいなって考えてます。実は奥多摩にたくさん生えてるヒノキの生息域って、最北端が福島県、南端が台湾なんですよ。ヒノキは白くて固いので使い勝手がいいし、台湾は既に禁伐になっているので、アジアでも人気が高いんです。それが東京にいっぱいある。それを『メイド・イン・トーキョー』のクールなプロダクトとして出したら、アジアで絶対ウケるはずなんです」

後藤「ブランド力がありますね」

いとう「下町には、かろうじて職人が残ってますからね。彼らも『メイド・イン・トーキョー』だってことをもっと誇ればいいんだよね。それってもちろん職人に限った話ではなくて。以前、竹本さんと“東京の『東』っていう字には『木』が入ってる”ってことにふたりで気づいて盛り上がったじゃない?」

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竹本「そうでしたね」

いとう「そこをみんなでもう一度見つめ直してみるというか。かつて江戸には森があったわけだから。僕らは森に行ったり、木に触れたりすることで、そういったルーツ的な部分を感じることができるはずなのに、その営みが断ち切られちゃってる。僕は“東京の西から東を見る”って言ってるんだけど、奥多摩のほうから丸の内を眺める視点というか、東京に住む人たちが、東京の森をプラウドする感じ。それがすごく大事だと思う」

竹本「僕の友人が奥多摩の山の上から撮った写真に、スカイツリーが映り込んでるんです。象徴的な写真だなと思ってて。だって東京で、森から都市の中心部を見るということができたら、他の地域にも適応可能ですからね」

いとう「そうそう。こうやっていろんなアイデアがあるのに、最初に言ったけど、東京の林業関係の人ってみんなが暗くなっちゃってて」

後藤「先がないと決め付けちゃってる、と」

竹本「まあ、産業構造的な問題もあるんです。東京、神奈川は林業最僻地というか、日本でもっとも林業をやってない地域なんです。東京都のGDPを考えたら、林業が占める割合なんて本当に微々たるもので。だから、もし林業の売り上げが50%アップしても、全体でいえば誤差の範囲なので、誰も本気で力を入れようと思わない」

後藤「なるほど……」

竹本「あと、山主が林業で生きてかなくても、川下に割のいい仕事がいっぱいあるんです。ちなみに、多摩地区ってどれくらい人口がいると思います? 東京都全体から23区の人口を引いたら――」

後藤「数十万人ってところですか?」

竹本「っていうイメージなんですけど、実は400万人以上いるんです。東京都の人口1300万人のうち3分の1が多摩地区に住んでる。彼らが、身近にある森に触れることなく生きていけちゃう近接経済が都心にあるわけです。要するに、“林業で新しいアイデア出し合っていろいろ苦労するより、全員サラリーマンになって働いたほうがいい”っていう。それがある意味で東京の森にとっての悲劇でもあって……」

いとう「そこの意識改革がまず必要ってことね。でもさ、経済活動の側面だけじゃなくて、このまま東京の森をほったらかしにしてたら、いろんな弊害が出てくるわけじゃない?」

竹本「そうですね。たとえば奥多摩には小河内ダムっていう都民にとっての水瓶があるんですけど、ダムに入ってくる水の量は、どんどん痩せ細ってきてるんですよね」

後藤「それは、森が手入れされず、保水性がなくなってきているからですか?」

いとう「そうそう。水が地下に潜らずに、表面を流れて行っちゃうんだよね。つまり、東京は水の安定性がなくなってきてる。最近、ゲリラ豪雨でしょっちゅう道路が冠水したりするけど、それって結局、森が荒れてるからなんだよね」

後藤「全然、人ごとじゃないですね」

いとう「都心に住む人も早く気づいたほうがいいよね。今、起こっている問題の根っこを」

竹本「ほら、2年ほど前、せいこうさんと一緒に港区主催のサミット(『みなと森と水の会議』)で『ひらけ!未来』っていうワークショップに参加したじゃないですか。僕は最初、タイトルにある“ひらけ”の意味がわからなかったんです。でも、話を聞いてなるほどと思ったんですけど、要するにそれって “川にかぶせちゃった蓋を開こうよ”ってことだったんです。今、渋谷川をはじめとして、かつて都内を流れていた多くの川が、蓋をしちゃったがために、河川じゃない、下水の状態になっているんですね」

後藤「あぁ、なるほど」

竹本「そのワークショップで子供から出た質問、今でもよく覚えてるんです。“なんで小川がなくなっちゃったんですか?”って。かつては都内にもそこかしこに小さな山があって、森があって、土も芝もあって、それが雨水を吸収していたんです。そこからちょろちょろ平地に流れ出した水が、渋谷川的な小川っていうのを形づくっていたんですよ。でも、都心部ではだんだん土や芝がアスファルトに覆われてしまって。そういう保水性の低い土地の小川って大雨のときに濁流化する以外は基本的に水量が少なくなってしまうので、家庭からの排水やゴミが滞って、ほっといたら水が汚れて臭くなってしまう。それを隠そうと、臭い物に蓋をしたのが河川の下水化なんですね」

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後藤「そうだったんですね」

竹本「でも、そうやって開発によって小山や森を切り拓き、土や芝をアスファルトで覆い、川に蓋をしていった結果、都市空間としての保水力は弱まり、ゲリラ豪雨なんかが起きたときに一時的部分的にでも吸収される場所と機会を失った水が地下鉄とか地下街にダーッと流れ込んじゃうっていう、今起こってる問題につながってきてるんですよ」

いとう「つまり全部、森や土の問題なんだよね」

竹本「それに、ゲリラ豪雨が起きて被害が出て、それを元どおりに修復するってなったら、公共事業費がものすごいかかってしまうわけじゃないですか、その都度。そう考えると、景観や情緒の問題だけじゃなくて、コスト面からしても、森や公園を整備することを含め、アスファルト以外の土や芝の面積を増やして、川をひらいた方が絶対にリーズナブルだと思うんです」

いとう「実は何気ない公園でも、雨水を吸収するっていう役割があるんだよね。ぜいたくに芝生なんか生やしやがってとか思ってたけど、あれも実は大事な効果を果たしてるっていう」

竹本「そうなんです。保水してジワーッと水を浸透させていくっていう機能があるんです。そして、下水を河川に戻すのだって不可能じゃないんですよ。実際、ソウル市長時代の李明博が高架道路を取り除いて、下水になっていたソウル市内の川を復元させていますから」

後藤「今では、観光やデートのスポットになっていますもんね。韓国でライブをしたときに、一度、行ったことがあります」

竹本「もちろん、彼がゼネコンのトップだったから実現できたのはあるにせよ、やったことは本当に素晴らしいと思います」

いとう「ホントだよね。そういうアイデアがどんどん出てくるといいよね。多摩の桧原村の人たちが、“私たちの森が東京の人たちの酸素を作っているんです”って言うんだよ。それって素晴らしいプライドだと思うんだよね。森を経済的な資源、心の資源として考え、どう使っていくべきかをイメージするっていう、そういうマインドを持てるかどうかで、ずいぶん違ってくると思うけどねぇ」

後藤「そのとおりですね。ちなみに、さきほどの西粟倉や飛騨で取り組んでいる割り箸作りを、奥多摩の森でもやろうと思われていたりしますか?」

竹本「一応、奥多摩にも工場があるので、中長期的にはやっていきたいと思っています。ただ、こういう話をすると、東京よりも神奈川のほうが積極的に話に耳を傾けてくれますね。小田原に『鈴廣』さん(※2)っていう老舗のかまぼこ屋があるじゃないですか。そこの社長が言ってたんです。“かまぼこってのは、もともと流通に乗らない雑魚を加工して作るものなんだ。だったらいっそ、流通に乗らないしょうもない木材をかまぼこ板にして、森と海のもったいないものでできたかまぼこを作って売ろうよ”って(笑)」

いとう「すごいね、『鈴廣』(笑)」

竹本「でも、“杉を使った場合、白いかまぼこに色味がついちゃうんですが大丈夫ですか?”って聞いたんです。そしたら“じゃあ、白くないかまぼこにすればいいんだよ”って。白身魚じゃなければ色味があるから大丈夫って」

後藤「そのアイデア、おもしろいですね」

いとう「『森と海のかまぼこ』、早く商品化したほうがいいよ(笑)。お客に“なんで『森』なんですか?”って聞かれたら、“実は、板に間伐材を使ってるんですよ”ってね」

竹本「かまぼこ板にも『メイド・イン・トーキョー』って書いてあるといいですよね」

後藤「そういう小さな一歩から、森に対する意識を変えないといけないですね。まず東京に住む人の意識が変われば、ひいては諸外国の日本に対するイメージも変わりますよね」

いとう「『森林と共生する都市・東京』って、リスペクトされる可能性があるよね」

後藤「たとえばですけど、アラブの諸国からすれば、森林がない国も多いわけで、東京ももちろん、日本は恵まれてるわけですよね」

竹本「そうです。スコットランドやアイルランドって、牧草地の風景が有名だと思うんですけど、あれって自然が豊かなんじゃなくて、木を全部伐採しちゃったからなんですね。世界の海を制するために全部木炭にした結果、地力が弱いため二度と元に戻せなくて牧草地になってしまった。スペインのオリーブ畑だって昔は大森林だったんです。無敵艦隊を維持するために切り尽くして、同じ理由で再生できなかった」

いとう「森があるということは、いかに、強みであり、貴重であるかってことだよね」

竹本「今ある森林資源を次世代へ繋げて行くっていうことが、本当に将来的な優位性にもなるんですよ」

後藤「よくよく考えたら、森林って油田みたいなものですもんね」

竹本「石炭も石油も、そして森林も、もとは太陽光エネルギーが変化した形態なわけで」

いとう「結局、森林ってエネルギーそのものなんだよね。世界中でエネルギーが枯渇していくなか、すでに日本はそれを持ってるっていう。眠らせとくのはもったいないでしょ。だからさ、“森を守ろう”っていうとなんかピンと来ないから“森を使おう”って言えばいいんだよ」

後藤「そうですね」

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いとう「遊び場でも憩いの場でもいい、木材としてでも、エネルギーとしてでもいい。こんなにたくさん森があるのに、“なにほったらかしにしてんだ!”って話でしょ(笑)」

後藤「それは地方だけの話でも、東京だけの話でもないですよね。日本に住んでいる全員に関係のあることですから」

竹本「そうですね。“西粟倉や飛騨でおもしろいことが起きているらしい”って話じゃない」

いとう「日本列島に暮らしている以上、誰でも森のすぐそばに生きているわけだからね」

(2015.4.6)
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いとうせいこう

いとうせいこう

1961年生まれ、東京都出身。作家、クリエイター。小説、音楽、映像、舞台など幅広い表現活動を展開。2013年、『想像ラジオ』が第35回野間文芸新人賞を受賞した。日本のヒップホップのオリジネイターでもあり80年代にはラッパーとして活動。また、台東区『したまちコメディ映画祭in台東』総合プロデューサーも務める。本紙5号では祝島(山口県熊毛郡上関町)を訪れ、島民が約30年間続ける原発建設反対デモを取材、レポートした。


竹本吉輝(たけもと・よしてる)

竹本 吉輝

1971年生まれ、神奈川県出身。株式会社トビムシ代表取締役。外資系会計事務所、環境コンサルティング会社を設立等を経て現職。専門は環境法で、環境ビジネスにも多数関わる。2009年にトビムシを設立し、2010年にはワリバシカンパニー株式会社の設立にも参画。トビムシの活動内容はオフィシャルサイトで。(http://www.tobimushi.co.jp/