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映画『世界が食べられなくなる日』 | ジャン=ポール・ジョー監督 インタビュー

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遺伝子組み換え(GM)と原子力発電。ジャン=ポール・ジョー監督は、それらを「命の根幹を脅かす2つのテクノロジー」として共通点を見出す。最新ドキュメタリー映画『世界が食べられなくなる日』に込められたメッセージを編集長・後藤正文が聞いた。

取材・文:神吉弘邦/撮影:外山亮介

撮り始めたのは、次世代への恥ずかしさから。

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ジャン・ポール=ジョー(JPJ)「私の最新作『世界が食べられなくなる日』はご覧になりましたか?」

後藤「はい。実験用ラットの腫瘍がどんどん大きくなっていく場面には衝撃を受けました。まずは、このような映画を撮ろうと思ったきっかけを伺わせてください」

JPJ「それは『このような映画』ですか。それとも、『この映画』ですか?」

後藤「では『このような』でお願いします。たとえば、アメリカの穀物メジャーが世界中で行っている横暴を伝えることなどは、監督の一貫したテーマだと思いますので」

JPJ「分かりました。私は、 “恥" の気持ちから映画を撮り始めたんですよ。小学生のとき、教師にこう言われました。 “あなたが大地に何かを植えるのなら、植えたときと同じ大地を次の世代に渡さなきゃいけない" と。また、こんな諺も覚えています。『地球は私たちの所有物ではない。未来の子供たちから、これを少し借りているだけだ』。私たちはこの地を借りたときのままの状態で未来の世代に返さなきゃならないのに、今、そうではなくなっています」

後藤「そうですね」

JPJ「このような状態の地球を未来の世代に残すこと、それをとても恥じています。次の世代に、言わば “毒の入ったプレゼント" を差し出すようなことになっているのですから。歴史上、これほどやっかいな贈り物を次に残した世代はないでしょう。1986年4月26日、人類はチェルノブイリから放射能という怪物を地上に解き放ってしまいました。その翌日のことですが、映画プロデューサーである私の妻が長女を出産したのです」

後藤「そうだったんですね……」

JPJ「その時に思いました。大多数の地球の住人たちは新しい命を生み出しているのに、人々から搾取をしているような人たちは怪物を生み出しているんだと。だから、きっと “お父さん、何も言わなかったの。何もしなかったの、そのことに対して" と子供から言われる日が来る、そのように直感したんですよ。このような状態の地球を未来の世代に残すということに、非常に恥ずかしさを覚えました。これが、私のドキュメンタリー映画を撮り始めた動機ですね」

20世紀、2つのテクノロジーが生まれた。

JPJ「2009年8月、前作の『セヴァンの地球のなおし方』を撮り終えたとき、撮影に参加してくれた分子生物学者のジル=エリック・セラリーニ教授(フランス・カーン大学)が、私にそっと秘密を打ち明けてくれました」

後藤「どんな内容ですか?」

JPJ「彼はそっとこう告げたのです。 “今、ラットのエサにGM作物のトウモロコシや、除草剤『ラウンドアップ』を混ぜて与える実験を進めています。開始から5カ月で、皆さんが想像する以上の結果が現れているんです" と。この実験に関して映画をつくっていただけませんかと言われ、2カ月後には撮影に取りかかりました」

後藤「それが今回の映画ですね」

JPJ「そうです。『世界が食べられなくなる日』は、2つのテクノロジーをめぐる話です。それは、核エネルギーとGM(遺伝子組み換え)技術。両者は共通点ばかりなんです。いずれも反民主的にもたらされたものであり、しかも取り返しがつかない、後戻りできないものですよね。人間には制御が不可能で、人体に蓄積すると病気を引き起こし、拡散して何世紀も地上に存在し続けるものです。だからこそ、この映画を作ったわけです」

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鶴澤清志郎

ジャン=ポール・ジョー

Jean-Paul Jaud。監督・プロデューサー。フランス生まれ。1979年より監督として多くのテレビ番組を制作。スポーツ番組の制作と中継を担当し、スポーツ映像に革命をもたらすほか、移りゆく四季の中で織り成される人々の暮らしを追ったドキュメンタリーを制作。2008年、生きるための必須行為“食”を取り巻く事象を振り返り、映画『未来の食卓』を製作。2011年、前作に続く映画『セヴァンの地球のなおし方』を発表。続く『世界が食べられなくなる日』は、渋谷アップリンク他、全国順次上映中。