HOME < 映画『世界が食べられなくなる日』 | ジャン=ポール・ジョー監督 インタビュー

映画『世界が食べられなくなる日』 | ジャン=ポール・ジョー監督 インタビュー

祝島のおばあちゃんたちは闘っていた。

img007

JPJ「GM作物の取材を進める中で、2011年3月にまた世界が動きました。福島第一原発の事故は、地球と人類に対する重大なサインだと私は受け取ったんです。そこで福島をはじめ、日本の数カ所で撮影を行いました」

後藤「祝島(山口県)にも行かれていましたね。私たちも第4号で現地取材しました(『祝島、1148度目の祈り』)」

JPJ「30年前から、あの祝島のおばあちゃんたちは闘っているんです。おばあちゃんたちはハチマキをして、ちゃんと毎週、毎週、声を上げています。それで彼女たちは勝利を収めているんですよ。あそこには原発(上関原発)が作られてないのですから。祝島ロケの後、東京で『セヴァンの地球のなおし方』のプロモーションをしたときに取材をたくさん受けたとき、私もこのおばあちゃんに貰ったハチマキをして臨みました。ラジオの取材もありましたが、ハチマキをしていた私のインタビューはカットされてしまいました。日本のラジオはスゴい技術を持っているんですね。このハチマキ姿を伝えてはいけないということでしょうから(笑)」

後藤「でも本当に、冗談ではなく、日本のメディアはそういう政治的な発言に対してアレルギーがあるように感じます」

JPJ「それは政治的発言へのアレルギーではなく、きっと真実に対するアレルギーですよ」

何らかのポジションを取らないといけない。

JPJ「映画の中では、どの場面がお好きですか」

後藤「スイスにあるWHO(世界保健機関)本部の前で、たった数人の人たちが抗議をしている場面が印象的でした。この風景を見て、僕は彼らが正しいことをしていると思ったけれど、一般の人から見たら何というか、奇特な人たちに見えるのかもしれないと感じました。そうした人を色眼鏡で見てしまう風潮は、日本でもあると感じています。デモをしている人たちは、変わった人たちだという偏見が少なからずあります」

JPJ「祝島の人たちもそうですか?」

img008

後藤「祝島のデモは地域の問題として取り組んでいるから、奇特だと扱われないと思うんですが、これを都会の人がやると叩かれてしまうんです」

JPJ「しかし、私たちは生きている限り、何らかのポジションを取らないといけません。自分が正しいと思うことに関して、説得力というものを身に付け、発言をしなければいけないと思います。映画の中でも、原発事故の影響から避難した若いお母さんが、公園で話をするシーンがあります。 “現状に対して、私は今までノン(ノー)とは言わなかったんですよ。発言しなかったということは、肯定するのと同じことでした" と彼女は言いました。つまり、黙っているということは、実はウィ(イエス)と言っているということなんです」

(2013.10.16)
photo02
鶴澤清志郎

ジャン=ポール・ジョー

Jean-Paul Jaud。監督・プロデューサー。フランス生まれ。1979年より監督として多くのテレビ番組を制作。スポーツ番組の制作と中継を担当し、スポーツ映像に革命をもたらすほか、移りゆく四季の中で織り成される人々の暮らしを追ったドキュメンタリーを制作。2008年、生きるための必須行為“食”を取り巻く事象を振り返り、映画『未来の食卓』を製作。2011年、前作に続く映画『セヴァンの地球のなおし方』を発表。続く『世界が食べられなくなる日』は、渋谷アップリンク他、全国順次上映中。