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被災地に寄せる自衛隊員の想い -Connecting the dots vol.4

映画『六ヶ所村ラプソディー』について

後藤「それが5月ですよね…。最初に、自分たちの部隊が原発の近くまで入るっていう指令というか命令が下ったときには、どうだったんですか?特に迷いはなかったですか?」

大宮「僕は2007年に『六ヶ所村ラプソディー(※5)』を上映会で観たんですよ。大好きなミュージシャンもよくその話をしてくれていて、こういう危険な場所が日本にもあるよって。でも、そんなにリアリティを感じていないなか原発が吹き飛んで…。危険なものだっていうのは漠然と分かっていたので、とにかくマスクとかはしつつ、僕は意識して行きましたけど。自衛官の特殊科学防護隊以外の隊員は、放射能をほとんど意識できていなかったと思います…。だから、他の隊員は何も恐れることなく、被災者のことだけを考えて突撃して行ったと思いますね」

後藤「なるほど…。僕も2008年くらいに『六ヶ所村ラプソディー』を観て、原発の問題、というよりは再処理の問題に興味を持ったので…。問題を抱えたまま進めてきたものなんだなと…。それが青森県の随分と北にあるんだと思って、一度現地まで行ってみたんです」

大宮「個人でですか?」

後藤「ツアー中ですね。バンドのメンバーでは僕しか行かなかったですけど…。一体、どういう場所にそういった施設を造るのかってことに興味があったんですよ。それを実感したいと思って、距離感とかも含めて。上関の原発建設予定地(※6)や、辺野古(※7)の普天間飛行場(※8)の移設候補地にも行ってみたんですよね。すべて繋がっている問題だと感じていたので」

大宮「それは3.11の前ですか?」

後藤「前です。それは、人間が、自分の町にあって欲しくないようなモノをどういう場所に造るのかってことに興味があったんです。それって、さっきも大宮さんがおっしゃったように、人間のエゴっていうんですかね?そういう僕らの内面にあるエゴや身勝手さを、そういった施設への距離感と接することで思い知るんじゃないかなっていう直感があって…。やっぱり行ってみると遠いんですよね。辺鄙(へんぴ)な場所にあるんです」

大宮「原発の問題というよりは環境のことから入っていったんですね。そこから、段々と原発に?」

後藤「そうですね。危機感というよりはただの興味だったんですけど。大学の一般教養の授業の科学の授業で使用済み燃料の再処理を取り上げられたことも覚えていて。核燃料のリサイクル(※9)が上手くいくと何千年って単位でエネルギーが取り出せますよ、という内容でした」

大宮「良いものとしての?」

後藤「科学技術としては、ある種の発明品で…。軍事利用については当時全く想像していませんでしたけど、実現したら夢のエネルギーなんだなっていう認識しかなかったです。でも、『六ヶ所村ラプソディー』を観て、再処理すると廃棄物が増えるだとか、再処理工場のあるイギリスの町のまわりで起きていることだとか、映画では取り上げられていましたよね。それを観て、単純に怖いなと思いました。映画を観る前はそんなこと思っていなかったですけど…。調べていく過程で決定的にマズいなと思ったのは、放射性廃棄物を捨てる場所がないということで…。原発が “トイレなきマンション(※10)”と呼ばれていることを知らなかったので…。これどうするの?っていう…」

大宮「そうですよね…」

後藤「例えば、一般廃棄物(ゴミ)の焼却施設ですら自治体同士で大きな問題になったりする、“なんでうちの町に造らなければいけないんだ!”って。人間として逃れられない話をすれば、火葬場の建設や移転だって簡単ではないはずです。そういう状況で、最も危ないだろうと思われているモノの捨て場…。これは絶対に見つからないと思ったんですよね。そういうところが僕の興味の源泉だったんですけど」

「とにかく助けたいという気持ちは全員あった」

大宮「『六ヶ所村ラプソディー』を仲間と観ましたけど、当時は格好つけているだけというか、正義漢的な感じで、全然気付けていなかったんですよ…。それで、その後、オフに『ミツバチの羽音と地球の回転(※11)』が地元の小さな映画館で上映されて…。映画を観たのは、(福島県での)活動をしてからだったので、祝島でおばさんたちが(上関原発を建設する側の)船舶に向かってメガホンを持って抗議するじゃないですか…。あれを観ただけでも凄い涙が出てきたんですよ…」

後藤「感情移入したってことですね」

川俣町 子どもたち

大宮「はい。というのも、福島に行って、山道一本使って大熊町までとか行っていたんですよ。飯館村(※12)とかは当時、人が立ち入れない危険区域だと報道されていたじゃないですか?その手前あたりに川俣町(※13)という町があって…。隣町なんですけど、そこにいたのがこの子供たちで…。僕らが現場に行くのって早朝6時くらいなんですけど、——この子たちは僕たちのことを道路の脇の空き地で待ってるんです。毎日、手作りのプラカードを持って僕らに手を振ってくれるんです。子供たちだけで、朝早くから自衛官に手を振ってメッセージを投げかけてくれていたんですよ。僕はもう本当に、泣きながらジープを運転していて…。こんなに線量が高いって言われていても、この子たちは全くそんなことを知らないし…、見えるわけでもないし…」

後藤「これは5月くらいですか?」

大宮「もう少し前かもしれないですね。4月ぐらいかもしれません。こういうメッセージを投げかけてくれることは嬉しいんですけど…。もっと安全なところにいて欲しいと思いながら、感情的には本当にボロボロになっていて…。だから、いろいろな場所で苦しんでいる人たちと…、同じような感情になっていったというか…。被災している人たちの悲しみも凄く感じるようになったというか…」

後藤「警戒区域に指定された人たちのなかには、原発事故のせいでまともな捜索をできなかったっていう想いがある方が沢山いると思うんです。20km圏内の避難指示が出たのが3月12日なんですよ。15日に30km圏内に屋内退避指示っていうのが出ています」

大宮「そうですね。一度、早いうちに入ったんですけど、退避命令がかかってしまったんです…」

後藤「それで3月25日に30km圏内が屋内退避区域、自主避難呼びかけ。そして、3月28日に20km圏内が立ち入り禁止になります。こういう時系列を追っていくと、町の中の混乱というか…、飯館村とか川俣町の一部、浪江町(※14)とか南相馬市、そういう20kmより中の地域の人たちの当時の想いとか…、僕にはとても想像つかないんですけれど…。大宮さんがどういう気持ちで、立ち入りが禁止された区域に入っていったのか聞かせて欲しいのですが…。もっと早く探せたんじゃないかとか、原発さえなければとか…」

大宮「う〜ん…。そうですね…。それは今まで、災害派遣とかで、新潟の中越沖地震とかは3、4回連続で行ったんですよ。そのときは原発の問題がなかった。柏崎(原発)が一時漏れてるとかいって、ほんの少しですけど危ないという話が出てたくらいで。新潟には直ぐに行って全般的に活動できたんですけど、やっぱり今回の事故の影響のある地域には行けなかったので…」

後藤「はい…」

大宮「3月17日くらいに…、大熊町ですかね、うちの部隊は避難支援に行っているんです。高齢者などをトラックで救助して安全な場所まで誘導するんですけども…。お爺さんとかは “俺たちはここで死ぬ”って言って動いてくれないんですよ…。そういうこともあったし…。本当にいろいろな感情が渦巻いて…。でも、とにかく助けたいという気持ちは全員あったと思います…。それこそ、部隊のほうで待機している仲間もいるんですよ、交代で任務に就いているので。部隊で待機している隊員は“俺が行く!俺が行く!”っていう状態になっていて、“俺たちはいつ救助活動に行けるんですか?”って、“被災地で一刻も早く被災者をなんとかしたい”とか、若い隊員はそう言っていましたし…。でも、こんな状況になってしまって…」

後藤「原発事故の影響が…」

大宮「歯がゆかったですね…。行けないっていうのは…」

後藤「う〜ん…」

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■注釈

(※5)六ヶ所村ラプソディー

鎌仲ひとみ監督の映画。
青森県の六ヶ所村に建設された再処理工場、核燃料サイクルが抱える問題と人々の営みを切りとったドキュメント。
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(※6)上関の原発建設予定地

山口県熊毛郡上関町。中国電力が原子力発電の建設を予定している。対岸の祝島では、30年に渡って反対運動が行われており、現在は福島第一原発の事故の影響もあって工事が中断している。

(※7)辺野古

沖縄県名護市辺野古区。沖縄本島東海岸に位置する村落。

(※8)普天間飛行場

沖縄県宜野湾市のほぼ中央に位置するアメリカ海兵隊の飛行場。

(※9)核燃料のリサイクル

日本政府は使用済み核燃料を再処理してウランとプルトニウムを取り出し、再び燃料として利用する政策を採っている。プルトニウムを燃料とする高速増殖炉は実用化されていないため、ウランとプルトニウムを混ぜたMOX燃料を使用するプルサーマルが進められている。1993年に着工した六ヶ所再処理工場は相次ぐトラブルのため、未完成。

(※10)トイレなきマンション

使用済み核燃料などの放射性廃棄物の最終処分場と方法が決まっていないため、原子力発電は「トイレなきマンション」に喩えられている。
全国の原子力発電所の中にある使用済み燃料プールには、約1万4800トンが暫定的に保管され、あと10年で容量を超えると指摘されている。

(※11)ミツバチの羽音と地球の回転

鎌仲ひとみ監督作品。持続可能な社会を目指すスウェーデンと山口県熊毛郡上関町の原発建設予定地、ふたつのエピソードを結んで社会とエネルギーシフトの必要性について問いかけるドキュメント映画。
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(※12)飯館村

福島県相馬郡飯館村。阿武隈山系北部の高原に開けた豊かな自然に恵まれた村。村内の大部分が居住制限区域に指定されている。8世帯13人を残して、ほぼすべての村民(約6千500人)が避難中。

(※13)川俣町

福島県伊達郡川俣町。阿武隈山西斜面の丘陵地に位置している。人口約1万5000人。町内山木屋地区が計画的避難区域に指定されている。

(※14)浪江町

福島県双葉郡浪江町。人口約2万2000人。東日本大震災では、死者175人、行方不明者7人、津波による流出家屋604戸の被害を受けた。福島第一原発から10km県内の住民は、全体の9割に当たる。避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰宅困難区域を町内に抱えている。