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農業音楽論 対談:中沢新一×後藤正文

『The Future Times』の第3号の特集は『農業のゆくえ』。滋賀県の面積に匹敵する耕作放棄地を抱える日本。エコでもロハスでもなく、農業というレンズで現在の社会をのぞき見ようというのが、今回の特集のテーマです。
——全く違うようでいて、実は似ている農業と音楽。 ふたつのレンズ からのぞく過去、現在、未来。 様々なジャンルを横断して思想する人類学者・中沢新一さんと語る、 これからの社会について。

取材/文:水野光博 撮影:外山亮介

農業を今、もう一度考えるということ

後藤 「今号の特集テーマは“農業”なんです。内田樹(注釈※1)さんと中沢さんの対談集『日本の文脈』には、“これからは農業の時代だ”と書かれていました。そこに興味が湧いて、お話を伺えたらと思いまして」

中沢 「後藤君は他のいろんなことにも関心あるんでしょう?」

後藤 「総合的にありますね。たとえば縄文時代とか、土偶とか好きなんです。ひとりのミュージシャンとして、狩猟採集をやっていた人のアートフォームに、ものすごく興味があります。この人たちは、何に捧げることによって、美的感覚、美しさと接続してるのだろうって。どこか自分たちのやっている音楽との共通性を感じるんです。同時に、農耕というものも考えてみたんです」

中沢 「そうなんだ。後藤君からもらったメールに、『自分がやっている音楽と農耕や狩猟などについて考えている』ってあったよね。まさにドンピシャリだと思う。 歴史的な話をすると、中世にゲルマン人がヨーロッパの支配層になりますよね。でも、元々ヨーロッパには土着的な、日本でいう縄文人的な人たちがいっぱいいた。フランスだとゴール人とか、イギリスだとケルト人とか。もちろんそれは、ヨーロッパだけではなくて、ユーラシア大陸全域にいたし、アメリカ大陸にもオーストラリア大陸にも先住民がいた。彼らは、だいたい同じタイプの人たちなんですね。だから、ゲルマン人がヨーロッパの支配層になったけど、どのヨーロッパ人の文化も、基層部っていうのは“縄文的な文化”なんだよね。その後、軍人とか貴族とか法律家が牛耳る世界が作られていった。同時期の音楽に関して言えば、ヨーロッパ音楽っていうのは、キリスト教のもとですごく発達したでしょ。グレゴリオ聖歌の時代から、楽譜に書けるようになったり、対位法(※2)が生まれたりと、音楽がすごく知的になっていった。そういう音楽の時代、いわゆる古典音楽の時代があったわけです。それが、わりあい支配階級とか知識階級、ブルジョワジーとか、都市の中心部に住んでいる人たちの音楽だったけど、実はヨーロッパの大地みたいなのは、違う音楽なんです。で、それが徐々に浮上し始めたのが19世紀。なんで19世紀かというと、縄文人みたいな人たちが、産業革命で労働者にさせられちゃったから。都市へ連れてこられて、イギリスでいったらリバプールとかの穴ぐらみたいな所で音楽をやるようになる。フランスなら、田舎からゴール人が出てきて音楽をやるようになった。ギターでシャンソニエットってのをやるようになるわけです。結果、いわゆる都市音楽が発達し、そこでは古代的な層がワーっと出てきて、それがポピュラーミュージックになるわけです」

後藤 「そうなんですね」

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中沢 「知的な音楽とは反対の、ある意味で野蛮な音楽が浮上してくるようになった。それが洗練されていくのに、100年くらいかかったんじゃないかな。100年くらいって、アメリカでいえばエルヴィス・プレスリーの前くらいかな。全世界的に、ほぼ同時にリズム&ブルースや、ロックの原型みたいなのが出始めた。だから、後藤君がメールの中で『自分がやっている音楽と、農耕とか狩猟とかについて考えてる』って書いていたのは、本当にまさにドンピシャリで。まさに、アジカンがやっている音楽のルーツっていうのは、そういうヨーロッパのロックを経由してやってくる古い地層ということになる。日本なんかもう、すぐそこに縄文っていうものがありますからね。そこを土台として噴き出してくるんですね」

後藤 「僕がこの新聞を作ろうと思ったのはですね… 中世の宮廷音楽とかに対し、一方で土着のミュージシャンたちが楽器を持って荘園を渡り歩いていましたよね?」

中沢 「トラバトーレとか」

後藤 「そうです。彼らは新聞代わりというか、『あっちの荘園では戦争の準備をしている』とか、『何が流行ってる』とか、口述で歌にしたりして伝えていた。そこから着想を得て、新聞を作るということは、当時のポップミュージックが持っていた役割のひとつと同じことだろうと考えて、現代的に彼らのやっていたことをカバーしてみようと思ったんです」

中沢 「ああ、面白いね」

後藤 「ちょうど、音楽史にも興味があって、西洋の音楽史関連の本を読んでいたので」

中沢 「そうか。僕は自分ではちゃんと楽器をやらなかったけど、音楽の歴史にすごく興味があって。音楽史の本をすごく読むんだよ。音楽史ってね、人類を知るためにすごく重大で。僕は洞窟を歩くのが好きなんだけど、旧石器時代の洞窟や遺跡に行くと、“ここでどういう音楽をやっていたのか”ってすごく気になるんです。洞窟って壁画のことばかり話題になるけど、そもそもはアトリエだからね。実際、そこでみんなが楽しんでいたのは、音楽だったはずなんだよね。それはどんな音楽だったのかとずっと考えていて。ある時に南フランスで、洞窟の中で演奏をするグループと出会ったんだけど、洞窟内で“基音(※3)”を長く出すんです。すると、そのうち自然発生的にオクターブ高い“倍音(※4)”が出てきたり、“5度音”が出てくる。オクターブ違っていると、あんまり快感はないんですよ。だけど、5度音っていうのは、ものすごい快感だってことに気づいて」

後藤 「洞窟は僕も好きです。良いですよね。これはなんの隠喩なんだろう、って考えたりするんですけどね。もしかして子宮なんじゃないのかって」

中沢 「そう、まさに子宮なんですよ。それでね、同じだけどちょっとズレているものに人間はすごい快感を持つことに気づいたんですけど、おもしろいことに、人間の言葉、言語の特徴のひとつは、ちょっとだけズレている、つまり比喩を使うってことなんですね。他の動物、たとえば今の人類の前、ネアンデルタール人などの言語を考えてみると、やっぱり言葉を喋ってるんです。でも、“これは木だ”とか、“あの花”とか直接的で、“あの美しい花”っていう言い方はしなかったんじゃないかと言われている。自分の感情を投入したり、似ているものを近づけていって、似てるけどちょっとズレているところを楽しむ表現――“花のような女性”なんていう言い方をするのは、人間の言語の最大特徴なんです。そうすると、似ているけどちょっと違うところに快感を持つっていうのは、ひょっとしたら人間の心の中、深いところで起こっている言語の発生と、音楽の発生と似ているんじゃないかと思うんです。そして、言語と音楽に似ているものが、もうひとつあって。それが、“数”なんです」

後藤 「数ですか?」

中沢 「そう、数。人類が数を数え始めた時、音楽を始め、絵を描き始め、詩を作り始めた。みんな同時に起こるんですね。そういうものが、脳の中で爆発的に展開するようになった。そして調べていくと、音楽と一番近いのが、どうも“数”みたいなんです。数学と音楽は近いっていうじゃないですか。数学者で音楽をやる人ってすごく多いんですよ。音楽は、知的な面と、自然と直接繋がってる感覚の面が結び合ってる。だから、いろんなアーティスティックな活動の中で、一番優れているのが音楽なんじゃないかと僕は思うんだ。音楽の場合は、内面から沸き立って動いてくる感覚を、そのまま切ったり組み合わせたりして造型する。でも言葉だと、抽象的な音に変えて変形する。絵画の場合は、いったん視覚を通して脳の中で再構成している。画家の目を通した外界の姿をキャンバスに描く、っていう複雑な回路を通してるよね。だから、セザンヌたち20世紀の画家の主題っていうのは、いかにそこをショートサーキットさせるかっていうことだったんだよね。最終的に行き着いたのは、『自分たちの理想形は音楽』っていうこと。カンディンスキー、ミロ、クレーたち、みんなそういうことを言うんです。『目を通すんじゃなくて、目を閉じて内面の、一次過程を直接取り出してくる芸術形態が理想だ』って考えているんだけど、それはもう、どこかから探し求めてくる必要もなくて、そこらへんにある音楽でいいわけです。音楽はある意味でいうと、土に触れてるんですよ。人間の感覚のね。で、感覚に触れていて、それを土だと言うかわりに、土をこねたり、植物を植えたりする行為をやるわけだよね」

後藤 「人間の知的な面、自然や野生と繋がっている面、音楽がその境界にいるっていうのは、自分でもなんとなく実感しています。今はほとんど、音楽がコンピューターでグラフィック化できるようになっていて、テンポに対して何分の1ズレてるとか、数値化できるんですね。でも一方で、数理では説明がつかない部分もたくさん抱えていて。割り切れてない場所っていうか。そこがなんか勝手に音楽と農業が似ているなと思って。今でこそ、だいぶ後退しましたけど、昔は一次産業が自然と文明——自然と文明って分けるのも古い感じですけど、そういう境目でゆらゆらとしていて。本来は境界線すらないと思うんですけど、色と色が混ざるような場所を作っていたのが農業なんじゃないかな、と思ったんです」

中沢 「そのとおり」

後藤 「音楽も、たぶん同じ場所にあると思っていて。今、Jポップは完全に数理みたいなものだけで作っているようで、縦にも横にもぎっちぎちの正方形を求めている感じがして、僕はちょっと抵抗があるんですよね。すべてのものが記号化され、一般化されようとしてるのが嫌なんです。アメリカの穀物メジャー(※5)みたいな、企業化された農業と同じ状況なんじゃないかなって。だから農業を今、もう一回考えるってことは、僕たちが音楽をやるときに感じているような美しさ…って言っちゃうと横柄(おうへい)になっちゃうかもしれないけど、それに似た感覚みたいなものを、自分たちの生活の中に取り戻せていけるんじゃないかって思うんです」

(※1)内田樹

1950年、東京都生まれ。思想家であり武道家。神戸女学院大学名誉教授。著書に『街場の読書論』『日本辺境論』『寝ながら学べる構造主義』など多数

(※2)対位法

音楽理論のひとつであり、複数の旋律を、それぞれの独立性を保ちつつ互いによく調和させて重ね合わせる技法である。

(※3)基音

楽器の弦や管などの発音体の固有振動のうち、振動数の最も少ない基本振動によって生じる音。音の高さは、その基音で決まる。基本音

(※4)倍音

振動体の発する音のうち、基音の振動数の整数倍の振動数をもつ部分音。ハーモニックス

(※5)穀物メジャー

大豆、トウモロコシ、コムギなどの穀物の国際的な流通に大きな影響を持つ商社群

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Ken Yokoyama

中沢新一(なかざわ・しんいち)

1950年、山梨県生まれ。明治大学野生の科学研究所所長。宗教から哲学、芸術から科学まで、あらゆる領域にしなやかな思考を展開する思想家であり人類学者。著書に『チベットのモーツァルト』(サントリー学芸賞)、『森のバロック』(読売文学賞)、『哲学の東北』(斎藤緑雨賞)、『フィロソフィア・ヤポニカ』(伊藤整文学賞)『カイエ・ソバージュ』全5巻(『対称性人類学』で小林秀雄賞)、『緑の資本論』、『アースダイバー』(桑原武夫学芸賞)、『芸術人類学』、『三位一体モデルTRINITY』、『ミクロコスモス』シリーズ、『狩猟と編み籠 対称性人類学Ⅱ』、『日本の大転換』など多数。