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農業音楽論 対談:中沢新一×後藤正文

今、社会を分断してるのは、人間の臆病さ

中沢 「さきほど言ったように、現代社会というのは、あらゆる問題点ははっきりしてきているんですね。今、音楽で起こっていること、お金の世界で起こっていること、だいたい同じ構造じゃないですか。何が問題なのかといったら、やっぱり市場の問題、貨幣の問題とかがどうも根っこのところで世界を二分割し始めてる、というのがはっきり見えてきた。それが情報化され、整理されて、分かってきているのが今なんです。だから音楽業界の問題も、他のジャンルで起こっている問題も、たとえば上関原発(※10)が作られることに対して、祝島の人たちが反対しているという問題も、構造は同じなんです。政治運動のように見えるかもしれないけど、音楽の現場で起こっていることと実は同じなんですね。ありとあらゆる問題が同じ構造から起こっていて、それがはっきり見えてきた。今の状況と似たことが19世紀の終わりに起こっていて、そのときに問題整理をしてくれたのがマルクスだったんです。『今、世界中でいろんな戦争が起こったり、貧困化が起こってるけど、問題の本質は全部同じ構造から出てきてます。問題の根源は資本主義なんです』っていうのをマルクスがはっきり見せたから、人々は熱狂したんです。世界中の人々が、それに惹かれていったんですね。その熱狂が終わり、次の段階に今、時代が入っている。“反核、脱原発”の運動をやっているのと、音楽の現場で起こってること、食べ物の現場で起こってること、その他で起こってる問題、みんな同じなんだって気づき始めているのが現代なんですね。音楽で後藤君がやろうとしてること、たとえば日比谷の野音でやった“No Nukes”の運動と同じ問題だってはっきり見えてきてる。見えてきたのに、次の段階に進むことを何が食い止めているかというと、“臆病さ”なんです。人間の臆病さだけ。『あんな壇上にミュージシャンが立っちゃって』みたいなことを、他のミュージシャンは感じるわけでしょ? 『あれやっちゃったら、レコード会社の人たちだって怖がっちゃうし』って思うかもしれない。だから今、社会を分断してるのは臆病さだけなんです。この臆病さを取っ払ってみると、人間はもっと賢くなれる」

後藤 「それはすごく感じますね。皮肉ですが、とどのつまり“原発”って、象徴的に分かりやすく形にしてくれている感じがあります」

中沢 「そう。ただ、あれだけをわかりやすく旗にしてやっていると、事態の本質が見えなくなる」

後藤 「そうなんですよね。たとえば原発がいらないものになったとしても、その後も世界は続いていきますからね」

中沢 「もう、問題が起こり始めてるよね。自然エネルギーに関して利権が発生し、ワーッて人が集まっているんだけど、これは昔の原発村ができたときと同じだなと僕なんかには見える。原発が自然エネルギーに替わっただけで、エネルギーと経済を動かしてる仕組みは全然変わらない。だから僕は、仕組みを変えなきゃいけないと思ってるの。自然エネルギーへ単純に移行して、脱原発すれば全てが解決するなんて、とても考えられない」

後藤 「今度は、自然エネルギー、再生可能エネルギーが、自然を蹂躙(じゅうりん)しているって反対する人たちも現れるでしょうね」

中沢 「出てくるだろうね。ドン・キホーテのように、風車に向かって戦う人たちが出てくるよね」

後藤 「そうですね。だからこそ、一番良い緩衝地点を考えなければいけないと思います。その緩衝地点として、農業はすごく可能性を秘めていると思うんです。こんなに農地が余ってる国はないんじゃないかなって。僕、水田の水路も好きなんです。こんなに年がら年中、水が流れているところってないですよね。だけど僕が住んでた田舎の水路でも、生き物の匂いが段々なくなってきてる。それはちょっと怖いです」

中沢 「昔、『ポケモン』を作った田尻智君って人と会って話をしたら、あの人は出身が東京の町田市なんだって。彼の子供時代の町田には、水路や田んぼがたくさんあったんですよ。ザリガニやドジョウを取ったり、おたまじゃくしを追っかけたり。それが、ポケモンの世界にみんな出てきているのね。ポケモンって実は、町田の自然を復元してるっていう」

後藤 「それ、面白いですね」

中沢 「コンピューターにああいう世界をはめ込んでって、第三現実を作っていくみたいなゲームを、『ARG(※11)』っていうんだよね。ああいうゲームを作ってる人たちの大元になっている感覚が、なんかそういうギリギリいっぱい残っていた里山なんだって思うと、ちょっと胸がキュンとなりましたね」

後藤 「そうですね」

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中沢 「やっぱり僕らでさ、農地回復をやらないといけないね。休耕田をもう一回、里山に返していくってことが大事だよね。僕がやろうとしている農学校というのは、若者がそこで働いて、多少のお給料がもらえるようにして、生活できるようにしたいんです。今、農家をやりたい人はいっぱいいるじゃない。その人たちに場所を確保してね、そこを生産の場所にして、生きられるようにできたらいいなって。そして農耕に携わったときにね、作物だけじゃなく農耕という行為によって、人間は何を実際に得ているかということを、人は見ていかなきゃいけないと思うんです」

後藤 「いいですね。開校したときは、ぜひ参加させてください」

(※10)上関原発

山口県熊毛郡上関町大字長島に建設計画中の原子力発電所。根強い反対運動が繰り広げられており、事業としては現在小康状態にある

(※11)ARG

代替現実ゲーム(alternate reality game)は、日常世界をゲームの一部として取り込んで、現実と仮想を交差させる体験型ゲームの総称。

中沢新一さんの著書紹介(後藤正文)

古地図と共に“現代と縄文時代の東京”を思考とフィールドワークで横断する『アースダイバー』。東京だけではなく、自分が暮らす街のイメージに新しい角度を与えてくれます。
9.11以降に露になった資本主義とグローバリズムの問題を源泉に、新石器時代にゆかりのある地域を坂本龍一さんと旅しながら、民族と国家、音楽などの文化や歴史、原子力発電の問題、様々なテーマについての対話を記録した『縄文聖地巡礼』。この本は、四方八方に散らばった興味がひとつにまとめられていくような快感に満ちていました。
そして、内田樹さんとの対談集『日本の文脈』。ふたりの思想家によって語られる現在と、これからの日本。震災と原発事故から我々が向かうべき未来について、鮮やかに言語化されています。

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中沢 新一
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(2012.9.12)
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Ken Yokoyama

中沢新一(なかざわ・しんいち)

1950年、山梨県生まれ。明治大学野生の科学研究所所長。宗教から哲学、芸術から科学まで、あらゆる領域にしなやかな思考を展開する思想家であり人類学者。著書に『チベットのモーツァルト』(サントリー学芸賞)、『森のバロック』(読売文学賞)、『哲学の東北』(斎藤緑雨賞)、『フィロソフィア・ヤポニカ』(伊藤整文学賞)『カイエ・ソバージュ』全5巻(『対称性人類学』で小林秀雄賞)、『緑の資本論』、『アースダイバー』(桑原武夫学芸賞)、『芸術人類学』、『三位一体モデルTRINITY』、『ミクロコスモス』シリーズ、『狩猟と編み籠 対称性人類学Ⅱ』、『日本の大転換』など多数。