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田中宗一郎×後藤正文

過去の集積=現在

後藤「THE FUTURE TIMESのテーマが“未来について話そう”なんですけど、端的に“音楽とメディアと未来”について田中さんがこれからやろうと思っていることや考えていることを教えてもらえませんか」

田中「最初に言わなければいけないことが、これ、THE FUTURE TIMESのテーマをひっくり返すようなことなんだけど、俺、未来についてあんまり考えないんですよ」

後藤「そういう方もたくさんいるので大丈夫です(笑)」

田中「まず、“過去と現在”について考える。過去に起ったことが現在にどう繋がっていて、それがどう現在を形作っているのか、その集積が未来だっていう発想なんだよね。だから、過去についてもっと知るべきだと思ってるし、常に過去について考えてる。実際、僕自身は常に過去の模倣をやり続けてきた。過去のいくつかのロールモデルを組み合わせてやってきた。『snoozer』って雑誌でも大発明をやったつもりは一切なくて、全てに元ネタがある。RoolingStone誌のある部分を、NME誌のある部分を、デイヴ・マーシュっていうジャーナリストがやっていたあることを——いろんなものを総合させれば、良くない物ができるわけがない。実際、新しい物を作りたいっていう発想はあまりなくて。素晴らしい過去の集積が素晴らしい現在を作り、逆もまた然り。だから、過去に意識的でさえあれば、素晴らしい未来が訪れるんじゃないかっていう発想がどこかにある。だから、常に後ろを向いていた。それでいうと、今まで作ってきたものもそうだし、これから作るであろうこともそう。過去に人間が何をやってきたか、日本人が何をやってきたか、欧米が何をやってきたか、国家が何をやってきたかってことが、それらが今に繋がっているかってことをどう伝えるか、それをひたすらやるんだと思ってます」

後藤「なるほど」

田中「脱線する話だけど、15年くらいまえにあるレコード会社の人に“80万円渡すから好きなものを作れ”って言われて、レーベルの広報誌を作っていたんだけど、俺、当時その担当者に“これからはインターネットです、コンテンツビジネスです”って言ってたらしいんだよね(笑)。今の自分が聴いたら笑っちゃうし、自分がここ数年ストラグルしながらやってきたことと真逆のことを言ってたらしいんだけど」

後藤「(笑)」

田中「当時はひたすらミーハーにインターネットという新しいメディアに対して興奮してたみたいなんだけど。でも結局それから数十年やってきたことを振り返ると、新しいものに刺激を受けて、すぐに何かをやるんじゃなくて、それが5年経って成熟して、10年経って、何かしら見えてきた問題点を今にフィードバックするっていう作り方しかしてなくて。何を伝えるかにしても、常に過去から現在を照らし出すようなスタイルなんだよね。さっき言ったように、多分、自分の最後の仕事として、1年か2年しか続かないようなタイプの紙メディアを作ろうとしてて——何かしらのレクイエムでもあるんだろうけど。あとはデジタルなものに対するトライアル。今なら誰もが“アプリ、アプリ”と言うじゃない?」

後藤「確かに」

img008 田中「それがどう広がって、どう上手くいかないのかを見ながら、いろんなケース・スタディから、それを形にすると思う。ただテーマとしては、大きなことはあまり考えなくなると思う。そういうふうにやりたいと思ってる理由のひとつは、今は誰もが個人として、社会に対して、いろんな責任を果たそうという意識が強くなってきたよね。誰もが24時間生活して、家族を支えること以外に、いい意味で、社会の一員としての責任を果たすべきだと思うようになったし、悪い意味ではどこか強迫観念的にそう感じるようになった。そこをちょっと批評的に捉えたい。僕自身、社会の一員として世の中で起っていることに意見しなければいけない、加担しなきゃいけないってオブセッションがすごく強い時期が10年くらい前にあって。でも、今はむしろ逆で、自分のドメインに徹したいという意識が強い。自分っていうのはポップミュージックが作り手から送り手に伝わっていく媒介として存在している。その小さなドメインに徹すること。それは結果的に社会のひとつのモデルとなって、直接的に社会の一員としてのいろんな活動を行わなくても、何かしらのヒントになりうるんじゃないかって考えてる。もしくは、社会の一員として考えているアイデアみたいなものも相似形として自分の活動の中に反映されるようなことをやるんだろうな。うん、それにちょっとエキサイトできるんじゃないかなっていうアイデアです」

(2011.9.7)
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谷尻誠

田中宗一郎(たなか・そういちろう)

1963年大阪府出身。広告代理店勤務を経て、ロッキング・オンに入社。洋楽アーティスト音楽雑誌『rockin'on』の副編集長を務める。95年にロッキング・オンを退社し、97年5月に音楽雑誌『snoozer』を創刊、編集長を務める。2011年6月18日に終刊号を発売し、その歴史に幕を閉じる。クラブイベント『club snoozer』は続行中。現在、新メディアに向けて準備中。