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田中宗一郎×後藤正文

音楽体験の魅力とは

後藤「この先、田中さんが何をするのかってこともすごく楽しみで興味をもっているんですけど、今回はそのあたりも訊かせてもらえますか。『snoozer』はイベントもやってましたよね」

田中「やってるよ、まだ(笑)。実はね、『club snoozer』を先に始めたの。イベントを始めたのが95年で、雑誌『snoozer』は97年。雑誌でのコミュニケーションはタイムラグがあるでしょ。でもイベントは、雑誌よりもいろんなことがダイレクトだからね。200人の前で音楽を流したときにあまりにもその反応がダイレクトで、“これだ!”って思った。でも、そもそも紙メディアのコミュニケーションについては大好きだったし、そこでしかやれないこともあるから、雑誌も始めたんだよね」

後藤「音楽雑誌が、その場で音楽を流して聴かせてしまうことに対してどれくらい張り合えるのかっていうのは、音楽ライターも作家としてのスキルが問われるっていうか。聴かせるっていうのは反則技なわけじゃないですか?」

img001田中「あまりにもダイレクトだからね」

後藤「そういう意味でも、音楽雑誌ってそこにレビューであれば追随していきながら、また別の視点から眺めたり、より面白く音楽について語ろうとかね。田中さんは、音楽雑誌の将来ってどう思っているのかなと思って」

田中「自分自身としても、いくつか実験的なプロジェクトのアイデアはあるんだけど。それが電子出版なのか、紙媒体なのかは別にして。まずひとつは、多分これは誰もがトライすることだと思うけど、記事から曲のストリーミングやダウンロードがダイレクトにできて、メディアと音源の権利を持っている人たちのの関係がウィンウィンになっているっていうやり方。でも、このやり方はあまり成功するとは思っていなくて。なぜかというと、人が何かに掻きたてられて、何かを欲するときって、必ず渇望感が必要だと思っていて。この10年で本当によく感じることなんだけど、——YouTubeがポピュラーになったここ3、4年は特になんだけど、——YouTubeで検索すれば何でも聴けるでしょ?」

後藤「聴けますね」

田中「ところが、YouTubeで何でも聴けるようになったせいで、誰も何も聴かなくなった。自分がもともと好きなアーティストの新しい曲は聴く、そこから繋がりのあるものを聴いたりはする、でも、それでお腹一杯になっちゃって、知らないものをわざわざ聴いてみようとは思わなくなった。その結果として、20年前に比べて、Amazonも含めて、バックカタログが本当に手に入らなくなった。例えば、僕が高校生のころ、30年前はヴェルベット・アンダーグラウンドのアルバムを手に入れるのはすごく大変だった。ところが、90年代初頭になるとTOWER RECORDSやHMVができはじめて、CDで全て手に入るようになった。映画監督でもあり、ビースティ・ボーイズのデザインもしているマイク・ミルズが、『TOWER RECORDSは、僕らの世代にとってのMoMAなんだ』と言っていたんだけど、そういう状況が20年前に出来上がった。ところが、それがYouTubeの登場によって、パッケージとして流通される必要がなくなってしまった。そうなると、パッケージとしてヴェルベット・アンダーグラウンドのアルバムを誰も手に入れられなくなるっていうおかしなことになったんだよね。YouTubeでは聴くことは出来るけど、ヴェルベット・アンダーグラウンドを聴くためにYouTubeを検索する人は本当に少ないと思う。すぐに聴けたりするものを誰もが欲しがることは、まずないんだよね。だから、“ストリーミングできます”、“ダウンロードできます”っていうのもそれと同じだと思うんだけど」

後藤「それは興味深いし、考えていかなきゃいけないですよね。実際に実験して欲しいと僕は思ったりもするんですけどね」

田中「ありがとう。あとは、電子書籍としてのやり方をいくつか考えていると同時に、もう一度だけレイテストな音楽を紙媒体でしか伝えられないやり方でやりたい。これも誌面のデザインのイメージももうあるにはあるんだけど。もうひとつは、古い音楽をみんなが聴かなくなっている。2年前の音楽さえ聴かない。“とにかく新しいもの、今自分といちばんコネクトできるものを聴くことが音楽体験なんだ”っていう考えだね。じゃなくて、“歴史に繋がることもまた別の音楽体験の楽しさなんだ”ってこともやりたくて。それは多分、ネットでリンクを貼っていくやり方よりも、紙メディアの方がむいていると思っていて。そこは、最後のトライとしてやると思う」

後藤「ポップミュージックがツリーになっているっていうのは、実際やっていても聴いている人たちにプレゼンテーションしたいことのひとつでもあるんですよね。流れになっているし血でもあるし、さっきヒストリーなんだって言いましたけど、まさにそうで繋がっていますから」

img007 田中「そう。ポップミュージックの面白さや楽しさ、奥深さは本当にいくつもあると思うけど、そのひとつは、ポップミュージックって、それを作ったアーティストだけの表現じゃないってことなんだよね。それを聴いている人のファンが作ったものでもある。あるアーティストの1stアルバムを聴いたファンのリアクションが、そのアーティストの2ndアルバムにすごく影響を与えることもあるし。それ以前に、そのアーティストがいろんな音楽の歴史の流れの中や体験の中で作ってるものだから。だから、あるひとりのアーティスト個人の表現だけではないんだよね。そこの広がりと奥深さと複雑さ、多面性」

後藤「ポッとゼロから生まれたわけではないんだよっていうね。ここからの影響があって、ここに辿り着いている、そういうことを考えてみるのも面白いと思うし。“俺たちはそうじゃなくて、享楽的に楽しみたい”って人に言われたら返す言葉はないですけど。でも、そういう影響や歴史の流れについて想像しながら聴いてみるのも面白いことですよね。文化全体について、そういった繋がりに対する意識が希薄になっているような感じがしますけど。いろんなものの流れとか」


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谷尻誠

田中宗一郎(たなか・そういちろう)

1963年大阪府出身。広告代理店勤務を経て、ロッキング・オンに入社。洋楽アーティスト音楽雑誌『rockin'on』の副編集長を務める。95年にロッキング・オンを退社し、97年5月に音楽雑誌『snoozer』を創刊、編集長を務める。2011年6月18日に終刊号を発売し、その歴史に幕を閉じる。クラブイベント『club snoozer』は続行中。現在、新メディアに向けて準備中。