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田中宗一郎×後藤正文

インターネットというアーキテクチャーについて

田中「さっき後藤君が言っていた“クラスタ”って言葉、以前なら、それに近い感覚を示す言葉が“トライブ”だと思っていて。いわゆる“族”ね。ただ、“族”の場合は、音楽だとか、服とかだけじゃない、ものの考え方そのものとも関係してる。例えば、モッズというトライブの場合、彼らが聴く音楽はアメリカのジャズとR&B。でも着る服はイタリアン・スーツ、そこにフレンチのタッチが入っている。尚かつ、ベスパやランブレッタみたいなイタリアのバイクに乗るっていうふうに、そのトライブの一員であることがすべてに影響を与えてる。でも“○○クラスタ”って言ったときには、あるひとりがいくつもの“クラスタ”に属してるんだよね。あるひとつの音楽に入れあげても、服装はそれに影響を受けないし、普段食べているものも影響を受けない。『食事をするときはこのクラスタ、ライブに行くときはこのクラスタ』っていうふうに。例えば、後藤君の世代だと、中学生のときに友達を作ろうとしたら、同じような音楽を聴き、同じような格好をし、同じところに遊びに行きってふうに、ライフスタイル全体に互いが影響を与えたることになったでしょ」

後藤「そうですね」

田中「でも最近の若い子に話を聞くと、音楽を一緒に聴く友達と飲みに行く友達と旅行に行く友達と職場の友達とが、全部違うんだって。だから、人と人の繋がりが、全人格でぶつかるような関係ではなくなってきてる。それは楽なことでもあるんだけどね」

後藤「そのクラスタであれば、説明も要らないですからね」

田中「他のことには干渉しなくても付き合えるしね。でも、逆に言うと、ダイナミックなことにもならないし、傷つけ合うことで、もう一段さらに絆が強くなるとか、刺激を与え合うみたいな関係性のメカニズムも希薄になっていく」

後藤「なるほどね。でも、本来メディアっていうのはそういうところで対流を喚起するようなものであると思うんですよね」

田中「でも、今みたいな話って、インターネットっていうアーキテクチャーと深く関わっていると思わない? だからこそ、TwitterやfacebookやGoogle+の広がりみたいなことが起っているわけだし。でも、勿論それは中央集権的なモデルではなくて、川下からの突き上げであり、横の繋がりであり、肯定的な面もたくさんあるわけ。後藤君自体は、その肯定的な面をどういうふうに見ているのか教えてください。もうひとつは、にも関わらず、このTHE FUTURE TIMESみたいに、わざわざ“もの”を作って流通しなければならない“もの”に入れあげている。一番の可能性は何に感じている?」

img005後藤「逆に言うとTwitterなんかの悲しさは、徹底的に薄まっていくこと。忘れ去られていく。例えば質問に答えたそばから、同じ質問が何度も来る。Twitterはタイムリーなものだと思うけど、ネットについては、どうしても脳ミソに直接ジャックを突っ込んでいるような印象を拭えない。極端に言うと、THE FUTURE TIMESという新聞も僕のツィートを実体化しているものでもありますけど、こうして紙にすると焼きつき方が強いっていうか、残るっていう。何かを読んだとかいう記憶だけじゃなくて、手に取ったとか紙がどうだったとか、匂いがどうだったとか、そういう複合的なもので。画面の中の文字だけを追う、しかも自宅の一番居心地の好い空間で眺めた、もしくはパーソナルな携帯でとか、そういうものを介して情報に触れたときの質感の限定のされ方は、ある意味では弱いと僕は思っていて。もちろん、強みもあります。瞬時にして地球の裏側の人と会話ができるわけで。あとは単純に、『どうして僕らは“もの”にこだわるのか?』っていうのが知りたくて紙で作っているっていうのもある。自分に対しての問答でもある。“どうしてCDに入れるんだろう? どうしてレコードにするんだろう?”っていう問いとも質が似ている。だって、マスタリングしたそばから、売ろうと思えばネットで売れるし、ただ聴かせたいならパソコンさえあれば誰にでも聴かせられるし。なのに、僕たちはどうして“入れ物”に拘るんだろうって。演奏者はライブに行けば見られますけど、音楽なんてもともと形は見えないし、実体の見えないものに別の実体を持たせて人に届けているわけじゃないですか。それについて勉強してみようというテーマが新聞作りにはあります。僕の表現に全て直結していくから、これをやることにはものすごい意味があるんです」

田中「ディストリビューション、物流についてのアイデアは最初から固まっていたの?」

後藤「全く。はっきりいうと、ミュージシャンのやることだから筋道が逆ですよ。作りたいところからしか始まってない。“作りたい、じゃあ刷りましょう”ってなって、だんだん現実的な話が出てきて。“配布する場所はどうしよう?”とか。僕は、新聞とはいえ“これは表現だ”と思ってやっているところがあるから、自分の1曲を作る感覚に近い。だからバンドっていうかセッションに近い。“やりたい人はおいでよ、一緒に演奏しようよ”みたいな感じで」

田中「すごくアーティスト発想だよね。僕らとはまったく違う」

後藤「そうそう。田中さんが見てきたリアリティとは角度が違うことは自分でもわかってるんだけど」

田中「うん。実際、自分が『snoozer』を自己表現の受け皿として作ってきたという実感はすごく希薄なの。それよりも、これがどういうふうに物流され、そのことで金銭的にはどう分配され、情報とお金がどういうふうに循環して、それと同時に、いろんな人の価値観がどんなふうに変わっていくか——つまり、“『snoozer』を中心としたシステム全体が人の心をどう変えるか”ってことに興味があった。すごく小さなDIYな組織、システムではあるんだけど、そこを作り上げて、機能させることが重要なポイントだった。そこで、どういう情報が流れていくか、あるいは自分の中の表現がどう流れていくのかってことは、あんまりポイントじゃなかった」

後藤「なるほど。そこは、僕は誤解していたところがあるかもしれないですね」

田中「だから、俺にとってはレコード会社から広告を取ってくることもやっぱりすごく重要なことだった。組織っていうのは鵺(ヌエ)みたいなわけのわからない存在じゃなくて、あくまで人の集合体だよね。そこにひとり個性的な人間がいれば、組織の意思とは別のこともやれるし、組織の意思をより面白い方向に流せる。そんなふうに物と気持ちの流れを作りたかった。実際にやれたと思うしね。尚かつ、そこに流れていくものが素晴らしいものであれば、これ以上のことはないでしょう、っていうね」


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谷尻誠

田中宗一郎(たなか・そういちろう)

1963年大阪府出身。広告代理店勤務を経て、ロッキング・オンに入社。洋楽アーティスト音楽雑誌『rockin'on』の副編集長を務める。95年にロッキング・オンを退社し、97年5月に音楽雑誌『snoozer』を創刊、編集長を務める。2011年6月18日に終刊号を発売し、その歴史に幕を閉じる。クラブイベント『club snoozer』は続行中。現在、新メディアに向けて準備中。