THE FUTURE TIMES

新しい時代のこと、これからの社会のこと。未来を考える新聞

誰かと関わらずには生きていけない私たち

あの人がどれだけ苦労してここに至っているのかを、
もっと知りたい。

後藤「今日、清丸が最後に歌った『あしたの讃歌』。はじめて聴いたけど、めちゃくちゃ歌詞がいいなって思ってさ。チョキの話から、握る力が強くなっていくと手放すのが難しくなるみたいな最初のヴァースのところも好きだったし、次に何を踏みつけるかを選びながら生きるわけにはいかないってところも刺さった。本当に俺たちの生活って、そういう構造になっている気がしていて。何も意識しなくても、誰かを踏んづけてるわけよね。安いTシャツを買ってきたら、実は海外で安い労働賃金で本当に過酷な仕事をさせられている人がいたりだとか。あるいは何か配達を頼んで、それが迅速に届けられないことにやきもきすることがあるけれど、配達員たちの労働というか、このコロナのなかでのすごい苦労があるだろうし。だから、無意識にできなくない?という気持ちがあるというか」

永井「うんうんうん」

東郷 「そういえば、僕とゴッチさんの共通点があるとしたら、一回サラリーマンをやってるっていうところで。僕は印刷所で機械を動かしてたんです、営業もやったことありますけど。印刷が好きでやってたんです。僕がそのとき感じたのは、自分が作っているコレが人の手元に届くんだけど、僕が作ってるってことはこの社会では忘れられている、誰もそんなこと知らないってことで」

後藤「うん」

東郷 「それが伝播していくのは愉快でもありましたし、印刷業界だけをみてもこれだけ多くの人間が末端として働いていて、さらに視野を広げたら日本中のあらゆる仕事において似たような立場の人が無限にいるんだろうなって。それこそ、一億人ぐらいの、スポットは当たることはない役割の人たちがいて。それを、僕は身をもって体感できて本当に良かったなって思うんですけど。あの感じ」

永井「なるほど。清丸さんの話で『ひとりでやる』っていう言葉がずっとひっかかっていて。ひとりっていうのが、まるで他者を切断しているかのように、その言葉だけだと聞こえるんですけど、でもそうではないんだと思うんですよ」

東郷 「そう」

永井「それはゴッチさんや清丸さんがおっしゃってるようなことであって。つまり、自分でまずはやってみるみたいな、そういう意味で『ひとりでやる』っていうことであって、協働を諦めているのではない。デザインをよくわからないけどやるとか、とりあえず学級新聞みたいに書いてみるとか、そういうことなんだなって。ゴッチさんもそうですよね」

後藤「大事なんだよね。例えば、レコーディングを手伝うと、あそこの音をこうしておいてくださいみたいなことを誰もが簡単に言うんだけど、自分でやってみると、実は面倒臭いことだったりだとか、触りたくないところがあることを知る。自分ではやらないことでも、どういうところにどういう辛さがあって、相手がどういうところにプライドを持っていて、重点を置いているかということを想像しながら、仕事は頼みたいなと思うかな」

永井「うんうん」

後藤「そういう意味では清丸もそうだけど、関わり合いたくないというよりは、これからもう一度他人とやる機会があったときに、無邪気に人のことを踏んづけたりしないための学びでもある気がする」

東郷 「まさにそれなんですけど。僕もその、いろいろ全体のリズムがあってですね、今はひとりでやりたいモードでやってますけど、その前ね、アップルビネガーでノミネートされて(特別賞を)受賞させてもらった『2兆円』『Q曲』とか、ファーストセカンドのころは人と一緒にやってたんです。グラフィックデザイン、活版印刷をやるAllrightっていう会社のなかで僕は会社員として活版印刷機をまわしていたんですけど、音楽もやりたいからってレーベルも立ち上げさせてもらって、すごい優秀な能力を持ったアートディレクター、デザイナーの人たちにデザインしてもらって、最高って言ってやってたんですね」

後藤「うん」

東郷 「それを本当にやりきって、その上でもっと最高を感じるために、他人が何をやっているか知りたくなったんですね。あの人がどれだけ苦労してここに至っているのかを、もっと知りたい。ひとりでやることはそのための準備って感じなんです。今はなるべくひとりでやってみることで、ここを飛び越えていくあの人たちがやっていることをもっと理解したい。そうしたら次また一緒にやりたくなったときに、もっと的確に通じ合えるんじゃないかなみたいな期待が、やればやるほど出てきて」

ひとりでやるってことは
存在しないんだってことが見えてくる

永井「私は哲学のジャンルですけれど、例えば、まわりにいる研究者とかで、ケアやフェミニズムを論じている人が『お前、自分で自分のパンツ洗ったことないだろ』みたいなヤツがいるわけですよ(笑)。他人にパンツを洗わせておいて、お前はこの言葉を言っているだろう、みたいな。ケアっていうのは着目しないといけないとか、踏みつけられている人がいるんだとか、フェミニズムの議論とかを自分のパートナーである女性に服を洗濯させておいて書く言葉があって。そういうときに、なんだこれは!って思うわけですよね」

後藤「確かに…」

永井「でも、だからといって自分でなんでもできるとか、自立しているみたいな、なんでもかんでも自分で完結することができることこそが大事だと言いたいわけではまったくない。そうではなく、自分の身体を一回通してみるとか、試みてみるとか、そういったことに重きを置いているのであって、ひとりでできることがいいとか、そういう話をしたいわけじゃないんですよね」

東郷 「じゃないんですよ」

永井「そこって結構混同されがちだなっていうのを、聞いていて」

東郷 「ひとりでやればやるほど、ひとりじゃなにもできないっていうか、ひとりでやるってことは存在しないんだってことが見えてくるんですよ。なぜなら、(シャツをさわりながら)僕、服の糸作れないし」

後藤「そうだよね」

東郷 「地面も造れないし。今日は車で来たけど、車も作れないし。僕、いつも物販発送するときに、今回もヤマトの人にお願いしてるとか、今回も日本郵便の人が送ってくれてるんだってつい想像しちゃいます。そういえば、なるべくひとりでやるという方向で突き詰めて考える中で、僕が一番やりたいスタイルのツアーがあって、徒歩で行く」

永井「ふははははは(笑)」

永井玲衣(ながいれい)

学校・企業・寺社・美術館・自治体などで哲学対話を幅広く行っている。D2021メンバー。著書に『水中の哲学者たち』(晶文社)。連載に「世界の適切な保存」(群像)「ねそべるてつがく」(OHTABOOKSTAND)「問いはかくれている」(青春と読書)「むずかしい対話」(東洋館出版)など。詩と植物園と念入りな散歩が好き。

東郷清丸(とうごうきよまる)

 横浜生まれ。2017年に1st Album「2兆円」、2019年に2nd Album「Q曲」を発表。両作品ともに、若手ミュージシャンのための音楽賞"Apple Vineger Music Award" にノミネート、「Q曲」は審査員特別賞を受賞。

 DIYスタジオに演奏家を招聘し一日でミニアルバムを録音・発表した「トーゴーの日2020」や、コロナウイルス感染拡大の影響でイベント中止が相次いだ2021年の ゴールデンウィークに、毎日あたらしい歌を公開した「Golden Songs Week」など、音楽をつくる行為そのものを遊ぶ。

 開放的な音楽観を活かしてCMや映画・演劇への楽曲提供も多く手掛け、そのほか映像やラジオへの出演も行う。

オフィシャルサイト
togokiyomaru.com