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繋がることと未来―“知ること”。その積み重ねが優しさに

様々な視点を通して見えてくる真実

後藤「それにしても、今日お話をうかがうまで、寺尾さんの表現の根源に怒りがあるとはわからなかったです」

寺尾「怒るのは一瞬であとは動く。そういう感じです。子供がまだ小さいので、最近はデモにも参加できていませんが、怒りを継続的に表現している人もいることは必要だと思います。ただ、私にはそこまでの根性がない。継続的に怒ることがしんどい。それよりは“何ができるか”を考えて、自分ができることのために動きたい。そういう考えの延長で本も書いてきたと思います」

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後藤「寺尾さんの試みは、世の中に楔を打ち込んでいる感じがしておもしろいです。『南洋と私』が出版されたときに安保問題が起きていたり。どこまで意図されていたのかわかりませんけれど」

寺尾「偶然ですね」

後藤「そういうもののような気がするんです。表現は勝手に呼ばれてくるものだから」

寺尾「そうなんです。本当は2014年の夏に出す予定だったものが遅れてしまって、でも1年くらい遅れたら戦後70年で時期としてはタイムリーになった」

後藤「祖父の兄弟も南方で亡くなっています。『正文』の『文』という名は、おじいさんがお兄さんの名前から『文』の字を取って付けたんじゃないかと思います。そういう経緯もあって、いつかサイパンに行ってみたいです。南はいまのところ沖縄止まりです。ちなみに沖縄へ行ったら南部戦跡へ行くというのが自分の中の決まりごとになっていて、というか自然と足が向いてしまいます。戦跡をめぐると思うのは、誰かが歴史だとか政治について話すとき、決まって俯瞰して語れるような大文字の言葉が立ち上がって、それぞれにあったはずのいろんな人の人生を踏みにじってしまうこと。それが気になってしまう。南京事件だってたくさんの兵士たちが日記を書いているわけです。いろんな視点から書いている事実がある。そういうところから見えてくるものに、俯瞰ではうかがい知れない精度の高い何かがある。けれどもそうした庶民の声は残りづらいものです。だからこそ、寺尾さんのやっていることは意味があるし、パンクスピリットに通じるものがありますよ」

寺尾「大学3年のとき南京へ行きました。食堂のおばさんと話していたら、“お父さんを日本兵に殺された”という。とても明るく話すのです。私を責めるわけでもない。南京事件がなかったという人はそもそも中国へ行きたくないんだろうけれど、私が遭遇したような現場に立ち会ったらそういう人たちはなんて言うのかな」

後藤「初めて韓国へツアーで行ったとき、朝まで飲んだにもかかわらず、倒れこむようにして列車に乗り、天安という街まで行きました。天安には独立記念館があって、中には日本軍の残虐行為も展示されています。なんで行ったかというと、韓国人がどういうふうに日本について思い、記録しているかすごく気になっていたからです。だってそれを知らなかったら、どんなふうに考えているかわからなかったら、僕は韓国の人たちと仲良くしたいけれど、そうはなれないかもしれない。タクシーの運転手に“日本人は普通こんなことろに来ないよ”とお礼を言われました。館内では小学生の団体に“日本人がいる”と指さされたりして肩身の狭さを感じて、かと思えばロックフェスのステージに立つと5000人くらいがワーッと拍手してくれる。韓国ではアルバムが500枚も売れていないのに5000人が盛り上がって歌うのはおかしいなと思いながら。でもそうやって体験することで解きほぐれていくことはほんとうにたくさんあります。韓国政府と韓国人は違う。中国政府と中国人は違う。人それぞれですよ」

寺尾「そうです。ほんとうにそうだと思います」

後藤「だからさっき寺尾さんが“知らないから、攻撃したり偏見を撒き散らしたりする”と話していましたが、その通りだと思いますよ。今日はありがとうございました。ぜひ、また『りんりんふぇす』に呼んでください」

(2016.8.00)
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暮らしかた冒険家

寺尾紗穂(てらお・さほ)

1981年11月7日生まれ。東京都出身。大学時代に結成したバンドでボーカル、作詞作曲を務める傍ら、弾き語り活動を開始。2007年ピアノ弾き語りのメジャーデビュー・アルバム『御身』が話題になり、坂本龍一や大貫妙子らから賛辞が寄せられる。大林宣彦監督作品『転校生 さよならあなた』、安藤桃子監督作品『0.5ミリ』(安藤サクラ主演)に主題歌を提供。2009年よりビッグイシューサポートライブ『りんりんふぇす』を主催。著書に『評伝 川島芳子』(文春新書)『愛し、日々』(天然文庫)『原発労働者』(講談社現代新書)『南洋と私』(リトルモア)がある。