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繋がることと未来―“知ること”。その積み重ねが優しさに

“知ること”。その積み重ねが優しさに

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寺尾「働く環境はよくないですね。ここしばらく虐待をはじめ、子供の問題も気になっています。児童養護施設に見学へ行き、職員の方に施設を出た後の子供らについて尋ねたこともあります。虐待を受けると、そのトラウマから精神疾患に悩まされることも多いようです。そのため就職してもうまくいかず、一度つまずいたとなると最終的には水商売や建設現場で働くしかない。そうしたケースも少なくないそうです。傷ついた人たちにこそ自分を表現する場が必要ではないか。そのような場と子供たちとの繋ぎ方はできないものかと考えています」

後藤「どう働き、暮らしていけばいいのか。そもそも、何故こんなにみんな働かないといけないんだろう。疑問を持ちつつも、“それが日本を支えてきたところもある”と思うとなんとも言えなくなります。働きづめで腰が曲がったおばあさんを以前はよく見かけたものですが、昔は食うために一日中、田んぼにへばりついて働いたわけです。そういう人たちが家でのんびりできるためにいろんな技術が生まれたのかもしれない。おかげで豊かになったという成功の側面はあっても、繁栄をもたらした技術が変形して都市に張り付いて、いつもみんながあくせく働いて余裕のない世の中を生み出してもいるわけです」

寺尾「でも、こういう動きもありますよ。以前、ライブで鳥取の大山へ行ったときのことです。自給自足を始めている若い人、カフェをやりながら農業もやり、子供も育てているといった、バランスのとれた暮らしをしている人が集まってくれたり、スタッフとして関わってくれました。みんなすごく楽しそうに生きている」

後藤「いいですね。かっこいい、というより単純に楽しそう」

寺尾「特に若い人を見ていると“地方のほうが既に変わってきているな”と感じることは多いです」

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後藤「農業といっても『北の国から』みたいに娯楽をほとんど絶って、厳しい自然と対峙して生きるというより、もうちょっとゆるい感じでやっている。それでちゃんと文化に接続しているところがいいですね。そんなふうに誰かひとりオルタナティブなことをやり始めると、おもしろそうな人が寄ってくるはずです。ただ、そういう人がいないところは本当にしんどい。ささくれだっている街もありそう」

寺尾「ええ、そうですね」

後藤「でも、このような思考回路がまずいなと思いもします。いまみたいに俯瞰してしまうわけです。そうすると教科書で年号を覚えて、それに対応できる程度の問いの立て方で何かを見ていることになるわけです。そうじゃなくて、個別の案件にぐっと入っていきたいんですよね。でもどうなっていくのがいいんでしょう。子供や労働者の問題などいろいろあって、だけど詩的にポジティブなほうに転がしていこうとしたときに、どのようなイメージを言語化するのがいいんでしょう」

寺尾「都会では隣の人が見えないですよね。“みんな他人”みたいな感じがあります。だからひとりでこもっても生きていけるけれど、それが現状の余裕のなさに繋がっているとしたら、繋がれる場所をつくればいいはず。隣人の人生や考え方を知れば、他人に対する優しさや想像力が生まれます。むしろ、そこからしか生じないと思います。誰かの人生をよく知らないから、攻撃したり偏見を撒き散らしたりすることが生まれてくるので、まず事実を知って人を知る。そういうきっかけを作りたいです」

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後藤「そう、知らないから言うんですよね」

寺尾「知ること。その積み重ねでひとりひとりが少しずつ優しくなっていけたらいいなと思っています。簡単ではないかもしれないけど、そういうきっかけを作れたら一番嬉しいですね」

後藤「似たような階層の人しか集わなくなると、他の集まりに対しても知らないままに差別的な言葉を吐いたり、排他的になったりします。いかに自分と違う人がいても“そういう人がいるんだ”というふうになれるかな、と考えています。越境できるような場所としてはどういうのがいいんでしょう。ロックだとロック好きな人が集まってしまうし、けっこう偏りますよね。なるべく枠は広いほうがいいなと思うと、田舎の祭りなんてどうでしょうか。ロックフェスもいいけれど、いろんな祭りをやったほうがいい。郷土の料理を食べるでも神輿を担ぐのでもいいけれど、なんせ混ざったほうがいい。盆踊りもいいですよ。踊ることは誰にでも開かれているし、自由だし。踊りは人にとって根源的なものだと思います。本来は自発的で能動的なこと」

寺尾「そうそう。踊らなさそうな人も家でこっそり踊っていたりしますからね」

後藤「だから、踊ることを禁止するのはきっと踊らせたいからだと思うんですよ。自発的に何かをされたら困るんだということの比喩ですよ。じゃあみんな勝手に気ままに踊ればいい。一見、変な踊りでも美しい瞬間がきっとあると思います。“いまの指の動きがきれいだった”とか一瞬のかっこよさがあれば、それでいいんじゃないか」

寺尾「そういえば、先述した『ソケリッサ!』のアオキ裕キさんと高知でワークショップをやったときのことです。初めは大人も子供も恥ずかしがっているのですが、だんだん自由に表現する人も出てきました。それはもうその人にしかできないという不思議な動きをする人もいました」

後藤「おもしろいですよね。みんなで踊っているなんてちょっと冷静に見たらバカバカしいかもしれない。特に意味はないけれど、気持ちいい時間があるのはいいことです。踊りに生産性はまったくないかもしれない。だけど、なんで生産しなきゃいけないんだ? とも思うわけです。自分の心が洗われるようなインプットの時間があっていい。常々、何かの利益に貢献していないといけないみたいな、そういうのを止めましょう。“無駄があっていいんだよ!”と」

寺尾「ふふふ」

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暮らしかた冒険家

寺尾紗穂(てらお・さほ)

1981年11月7日生まれ。東京都出身。大学時代に結成したバンドでボーカル、作詞作曲を務める傍ら、弾き語り活動を開始。2007年ピアノ弾き語りのメジャーデビュー・アルバム『御身』が話題になり、坂本龍一や大貫妙子らから賛辞が寄せられる。大林宣彦監督作品『転校生 さよならあなた』、安藤桃子監督作品『0.5ミリ』(安藤サクラ主演)に主題歌を提供。2009年よりビッグイシューサポートライブ『りんりんふぇす』を主催。著書に『評伝 川島芳子』(文春新書)『愛し、日々』(天然文庫)『原発労働者』(講談社現代新書)『南洋と私』(リトルモア)がある。