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ライブ演出家が産んだ太陽光発電『ECO LIVE SYSTEM』─今、太陽光でライブをやることの意味

7月15日、16日に開催された『NANO-MUGEN FES.2012』。2日間のフェス、そして前日のリハーサルで使用された電力の一部は、太陽光発電『ECO LIVE SYSTEM』で補われた。 そのシステムを開発したのは、コンサートの演出やデザインを手掛けるネクストワンクリエイト有限会社。なぜ、“電源”の本職ではない彼らが太陽光発電を志したのか――『NANO-MUGEN』の演出を担当する柳真一郎に、そこに込めた想いを聞いた。

取材・文:水野光博 撮影:外山亮介

太陽光でロックをやったらカッコいいんじゃない?

後藤正文(以下、後藤)「ASIAN KUNG-FU GENERATIONの前回のツアーでは実験的に、そして今回の『NANO-MUGEN FES.2012』では正式に、『ECO LIVE SYSTEM』を使用させてもらいました。まずは、ECO LIVE SYSTEMがどんなシステムなのか、あらためて説明していただいていいですか?」

後藤・柳さん

柳真一郎(以下、柳)「簡単に説明すると、昼間のうちにソーラーパネルから太陽光エネルギーを吸収し、バッテリーに充電します。それを使って、コンサート中の電源を補うというシステムです」

後藤「開発は、いつ頃からはじめたんですか?」

「本来、私が所属する『ネクストワンクリエイト』はコンサートの演出やデザインをしている会社なんですが、2009年、演出家である市川訓由(同社代表取締役)の『太陽光でロックをやったらカッコいいんじゃない?』という演出家目線のアイデアからプロジェクトが始まったんです」

後藤「そうだったんですね」

「そこからスタッフや専門家が集まり、実験を重ねました。当初は、バッテリーに小さくて軽いリチウムイオンを使おうと思い、当時、リチウムイオンの最先端技術を持っていた電機メーカーに相談して、プロジェクトを進めていったんです」

後藤「なるほど」

「でも一度は、志半ばで頓挫してしまったんですね」

後藤「その理由はなんだったんですか?」

「コスト面と技術的なことです。その時点の技術では無理だろうと。我々は、太陽光の電力でボーカルがシャウトするという夢みたいなことを考えて走り出したけど、『やっぱり無理だったね』って一度は諦めちゃったんですね。それが、震災の半年前くらいです」

後藤「つまり、2011年3月11日の震災が、プロジェクトの再始動に影響を与えたということですか?」

「そうです。震災から1週間後、まさにASIAN KUNG-FU GENERATIONのコンサートの話し合いをしましたよね?」

後藤「はい」

「ライブをどうするかって話し合いを、スタッフさんを含めて行って。その中で色々な意見を交わしました。非常事態だし、電力の問題もある。たくさんの時間をかけて話し合った結果、そのときのツアーは中止になりました。でも、そのタイミングで弊社の市川から『こういう状況なので、もう一度プロジェクトの件を考え直そう』と連絡があり、再度立ち上がったんです。だから、震災がなければ、ひょっとしたらあのまま、開発を諦めていたかもしれません」

「これ、太陽光で動いてるんだ」って思ったら、ちょっと、興奮したんですよね

後藤「本当に震災直後は、世間的に『ミュージシャンはライブをやるな』という空気でしたよね。ライブハウスからもほとんど引き上げちゃって、スタジオにもミュージシャンが入らなくなって。入らないというより、入れない雰囲気でした。不謹慎じゃないかって空気が強くて」

「まさにそうでしたね。僕たちは、結局、電力を使わなければ音楽やコンサートができない。電気がないと成り立たない世界で仕事して生きてるんだって、あらためて気づかされましたね」

後藤「そうですね。でも、ひとつだけ言っておきたいのは、音楽業界って震災以前から環境に対する意識が高まってきていましたよね。電力に関しては特に。消費電力が少なく、寿命が長いLED照明の導入は、かなり早かったと思います。僕はステージに立っていて、LEDがドンドン増えていくのがわかったし…。そういう意味では、震災という悲惨な出来事が起こったことがきっかけですが、ECO LIVE SYSTEMが生まれたのは意味のあることだと思います」

写真:後藤

「ありがとうございます。昨年5月頃から、少しずつですけどコンサートを再開できることになりました。でも、春の計画停電を受けて、夏も計画停電があると言われていたんですよね。なので、『会場の電源は使えるけど電源車を入れましょう』っていう雰囲気が、コンサート業界に広がったんです。電源車というのは、軽油、油で電気を起こしているので、電力会社の電気は使わない。だけど、騒音や、相当数のCO2を排出するというジレンマが生まれるんです。だからまさに『太陽エネルギーなどの電力があれば、なんのストレスもなくコンサートができるんじゃないかな』って、プロジェクトの進行にもうひとつの想いが乗っかったんです」

後藤「自分も、今年は特に迷いがあったんです。僕は原発がなくなったほうがいいと思っているのにも関わらず、自分たち主催のフェスをやるのに、屋内なので野外とは別の電力を消費する。なんとかならないのかなって思いがあったんです。ECO LIVE SYSTEMを使って、太陽光で電力の何割かをカバーできるなら、僕たちも、もう少し胸を張ってライブができるというか…。もちろん、照明や機材の世界でも省エネルギー化は進んでいってほしいなと思うんです。でも、太陽光のような再生可能エネルギーを少しでも使えると、より嬉しいなと思いますね」

「そうですね。電気って目に見えないから、『これは太陽光エネルギーを使っているんだよ』ということは、伝わりづらい面もあるんです。でも今日、ASIAN KUNG-FU GENERATIONのリハーサルを見ていて、照明やLEDの映像、『これ、太陽光で動いてるんだ』って思ったら、ちょっと興奮したんですよね。『すげー!』って」

まずやろうと。動いたほうがいいよって

後藤「そうですよね。本当に凄いことですよね。ちょっと細かいことも聞きたいんですが、ECO LIVE SYSTEMは太陽光を充電するということで、蓄電池を使うんですよね?」

「そうです。先ほどお話ししたように、当初はリチウムイオンの電池での蓄電を目指してたんですが、挫折しました。そして、震災後にプロジェクトが再開したタイミングで僕らが取り入れたものが、もう何十年も自動車などで使っているバッテリー、鉛のバッテリーだったんです」

後藤「鉛なんですね。普通に車に積まれているものでやれるっていうのは、いいなと思います。おもしろいですよね。車のバッテリーのシステムで照明の電源を作り出せるって」

「はい。製作的にもコストダウンできますし、取り扱いもリチウムイオン電池と比べたら複雑ではないんです。ただリチウムと比べるとやはり大きくなってしまうので、それをハードケース内でコンパクトにシステム化しています。会場内や会場駐車場にパネルを広げられるスペースがあれば、晴天時はリアルタイムでの電力供給も可能です。パネルを広げられる場所がない場合、スペースがある場所にソーラーパネルを設置して蓄電させ、バッテリーを会場まで運びます。今回の『NANO-MUGEN FES.2012』のケースでいえば、11tトラック満載くらいになりますね」

後藤「なるほど」

ソーラーパネル

横浜市みなとみらいの空き地に設置されたソーラーパネル。
それぞれのバッテリーに10kw/h充電できる。
バッテリーは、3kw/hで約3時間使用することができる。

「パネルを並べたり、バッテリーをトラックに積む作業は、人の手じゃないとできないので、その分コストはかかってしまうんです。今回のフェスでいえば、桜木町にパネルを置いて、横浜アリーナまでバッテリーを行き来させたんです。なので、これから改善、解決していかなきゃならない問題を抱えているのも事実です。ただ、リチウムの技術の進歩を待っていると、2年も3年も経ってしまいます。だから、まずやろうと。動いたほうがいいよってことで、今は鉛の電池を使って蓄電しているんです」

後藤「将来的には、もっとコストパフォーマンスが高いものが出てきたら変えていこうってことですね」

「もちろんです」

後藤「今、ソーラーパネルって1枚いくらぐらいするんですか?」

「ピンキリですね。中国製のとんでもなく安いやつが出てきたりしています。ただ、寿命や性能が異なるので、どの値段のものをチョイスするかは買う人次第ですね」

後藤「単純に安いものを買って、どんどんゴミを出してもしょうがないですもんね。なるべく長く使えるものがいいですよね。新たな技術が開発されて、これからもっと高性能で低価格なパネルも出てくるはずですよね。ちなみに、今回のNANO-MUGEN FES.2012では、『ECO LIVE SYSTEM』でだいたい何割くらいの電力を補えたんですか?」

「10時間に及ぶフェスだったので、今の器材量だと2割前後ですね。ただ、通常の2時間のコンサートだったら、3割、4割は行けるかなと思います」

後藤「すごいですね。フェス中、もし雨だった場合はどうなるんですか?」

「今回のフェスでいえば、フェスが2日間、その前日のリハーサル、計3日分の電力を充電する必要がありました。まず1週間前くらいから、少しずつ充電を始めたんです。現在まかなおうと思っているレベルであれば、満タンであればリハーサルとフェス初日の半分くらいまではまかなえるんです。残りの1日半分の電力を蓄電するのに、仮に雨や曇りであっても、多少でも明るければ微量ながら蓄電できるんです。晴れていれば午前中だけでフル充電できます。曇りなら1日、雨ならば1日半かかるので、それを念頭に入れて調整します。本当にずっと雨で真っ暗だった場合、リスク回避のために、ハイブリットというか、太陽光を送りながら、通常の電源からも送電するという供給の仕方もスタンバイしています。コンサートができなくなってしまうことが、何より困ってしまうんで」

後藤「なるほど。もちろん、補える割合が多ければ多いほどいいんでしょうけど、総電力における原子力の割合だと言われている3割くらいを太陽光で補えれば、現状でも十分意味はありますよね。それに、たとえばバンドが鳴らしている音は太陽光にするとか、そういう使い方もできるのかなと思います。夏であれば、電力消費のピーク時間だけ『ECO LIVE SYSTEM』に切り替えれば、電力需要も落とせるわけですし」

「そうですね。要は電力消費をできるだけ抑えて、どういうコンセプトでライブをやるかということが重要なのかなと思います」

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柳真一郎(やなぎ・しんいちろう)

『トゥエンティワンクリエイト株式会社』代表取締役。『ネクストワンクリエイト有限会社』所属。2006年からASIAN KUNG-FU GENERATION 及び、『NANO-MUGEN FES.』の舞台演出に携わる。他にVAMPS、EXILE、三代目J Soul Brothers、CHEMISTRY、MINMIなど様々なアーティストの舞台製作に携わる。