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福島の農家が語る、被災地の今

どちらが良い?”か “どちらも良い”か

― みなさんの中で、有機栽培をやっている方はいますか?

大槻 「うちは有機農家の認定を受けてますけど、実際に有機農法でやるまでの手は回ってないんです」

「私は農業始めたときから、ずっと有機でやってます」

柳瀬 「私も認定を受けてから農業を始めて、いま3年目です」

― 有機には認可がいるんですね。自己申告ではいけないものなんですか?

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「有機に関しては、JAS法に基づいたルールがあるんです。勝手に自分で“オレがやっているのは有機農法だ!”って言うのは自由ですけど、それを“有機農産物”として流通させるのは違反です。直売所であれ市場であれ、有機農産物として流通させる場合は、認定を受けた上でJASマークを貼って出さないとダメ。そうしないと、消費者を混乱させてしまうことになるから」

柳瀬 「 “なんちゃって有機”って一時期本当に多かったんですよ、ちょっと気を使ってる程度で“有機”のような言い方をする商品が。最近ではルールが浸透してかなり減ったみたいだけど、肥料にはまだ曖昧な表現が多いよね」

「そうそう、騙されちゃダメよね。“有機質肥料”と“有機肥料”では別物ってこともあって、そこが分かりにくいものもあるから。まぁ、あんまりこだわってませんけどね、私も(笑)。 “有機がしたい”ってわけじゃなくて、“なるべく自然に育てたい”ってだけなんで。別に、有機農業を語るつもりもありませんし。自分が楽をしたいだけです」

― 有機栽培の方が、一般的な慣行栽培より楽なんでしょうか?

「農薬を買わなくていいでしょ、使わなくていいでしょ。その分、私は楽だなと思ってるんです。ってのも、今までに農薬使ったことがないから。もしかしたら、使った方が楽なのかもしれないけど」

大槻 「私も本当は、有機栽培をやりたいんですよね。ただ、まだまだ有機農産物って、農産物全体の市場に占める割合は1%もいってなくて。需要が育っていないから、リスクが少し大きい。だから、子どもたちをしっかり養っていかないとっていう家計の事情も踏まえて、薬や化成肥料を使った大量生産の方向でやってます。でも、やっぱ有機やりたいよね。誰でもそう思ってるんじゃないかな」

柳瀬 「大槻さんみたいに家族が代々農業をやっている人たちは、農薬の良いところも悪いところも理解した上で、慣行栽培をやってるじゃないですか。そういう経験値のない僕なんかが、最初から農薬を使って楽なやり方しちゃうと、後から有機に切り替えるなんてことは多分ムリだなと思って。だから、最初から有機でやってるって側面もあるんですよ。そういう意味で、大槻さんみたいに気持ちに折り合いをつけてやってることは、僕は良いことだって感じてます」

― そうですね。今回の特集記事でも、どちらが“良い”とか“悪い”とか、“こうするべきだ”ということは言わずに、色々なやり方や考え方があることを伝えていけたらと思っています。

「私も、食べ物は当然“量”と“質”の両方を確保していかなきゃいけないものだと思っていて。“量”を見る分には慣行栽培って、やっぱり非常に重要なんですよ。だから、最終的には農業者が自分の生き方の中で、どの方法を選ぶかって問題。オレは“有機が絶対”とか“慣行が悪い”とか、そんなことは思わない。自分のライフスタイルに合わせて、自分が選んだ手段でやればいい。その選択肢を増やすことが大事だと思うんだ。“これしかダメ!”っていうのは、要は原発と一緒で。ひとつの選択肢しか用意しないと、同じ失敗を繰り返すから、やっぱり多様性を認める土壌が必要ですよね」

“安全”の先の “安心”のために

― 昨年の地震と原発事故の影響は大きかったと思うのですが、この辺りの事故後の農作物の売れ行きはどうでしたか?

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仲里 「全く売れないって感じではなかったですね。普段、農協に出荷している分量に関しては全て補償が出たので、それで最低限の収入は確保できました」

「震災後しばらくは、被災地を応援するムードも大きかったので、店舗に卸した分の売れ行きもそこまで悪くはなかったんですよ。もちろん、とある大手の小売業者ではバイヤーに“もっと南の産地の物はないですか?”というような言い方で福島産を避けろ、なんて指示が出されていた事実もあって。それを知ったときは頭にきたけど、確かにあの状況で“福島県産のもの”と“そうじゃないもの”があれば、後者を取る気持ちも分からなくはないです」

仲里 「実際、消費者と向きあうのは彼ら小売だもんね」

「そうだね。ただ、あの状況下でも『しずてつストア』っていう静岡の小売店のバイヤーさんは、体を張って福島産のものを買ってくれた。その人は、こっちの現状や作物の安全性を把握した上で“自分の責任で売る、お客さんから質問があったら全て自分が答える”って言ってくれたんですよ。実際、その店のお客さんは、店の情報を信頼して福島産のものも買ってくれてたみたいです」

― みなさんの中で、作っている物から基準値以上の放射性物質が検出されたことのある方はいらっしゃいますか?

大槻 「幸い、一度もありません」

真部 「ただ、二本松産のものがひとつでも引っかかってしまったら、ここの農家全体に影響が出るんだろうって考えると、ちょっと怖いですね。今のところは問題ないけど」

「最近はどこでも容易に検査ができるようになって、流通する前段階で危険な物を抑える体制が整えられています。だから、私たちも“これは安全だ”って自負を持って出荷してますよ。ただ、“安全”は数値で裏付けられるけど、“安心”は心の問題。“安全だから食え”っていうのは暴力でしかないから、私は言いたくないです」

柳瀬 「消費者には色々な情報を吟味した上で、自分の買うものを主体的に選んでほしい。なんとなくの印象で福島産の農作物が避けられるのは、正直つらいよね」

「うん。だから、消費者とのコミュニケーションの中で、信頼を得ていくしかない。真摯に伝えるべきことを伝えたら、あとはもう受け手次第なわけで。それで“食べない”と言われたのなら、それは仕方ないことだと思っています」