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西加奈子

「何もない」からのスタート

西「小説は日本語の場合、50音だけで構成されているのが面白いですよね。村上春樹だけ 800音使えて、文字にしたらええ匂いがするとか (笑) そんなことはない。これ以上無いほど平等な枠組みの表現方法なんです。あと西加奈子の本は、書店でナ行の夏目漱石の隣に置いてあったりする。しかもだいたい同じぐらいの値段で。使える音も売り物としての値段も、ほぼ同じやのに、全部違うものを表現できるのって、気が遠くなるぐらい、いいジャンルじゃないですか。まったく新しい言葉なんて、いらないんです」

後藤「『がめしい』って、いい言葉でしたけどね」

西「あははは! 後藤さんと同じ、私も技術を上げることには努力したい。技術のない人 の20の力より、ある程度いろんなものを持っている人が厳選して出した20の力では、全然違うと思う。その点でも作家は得です。本を読めば読むほど技術が得られる。私もそうですけど、作家はみんな本を読むのが好きで作家になったから。読むだけで勉強になる なんてラッキーです」

後藤「得られるものは、たとえばなんですか?」

西「色々あるけど、ひとつは感情表現の引き出しですね。飲み会でベロベロになるまで酔っ払ってるけど、ほんまは精神的にちょっと無理してるときがある。そこで女友達にぽつりと『無理しなや』と言われたら、『うわーバレてた!』って、むっちゃ恥ずかしい (笑) 。このすさまじい恥ずかしさは、どう書いたらいいんやと思ってたら、太宰治の『人間失格』の中に、ぴったりのシーンがありました。主人公が中学校の体操の時間に、鉄棒でウケを狙って、わざと失敗して尻餅をつくんです。みんなは大笑いするんだけど、クラス一のバカの友だちが『ワザ、ワザ』とはやしたてる。その恥ずかしさを主人公は『世界が一瞬にして地獄の業火に包まれて燃え上るのを眼前に見るような心地がして、わあっ! と叫んで発狂しそうな気配を必死の力で抑えました』と表現するんです。こいつ殺してやろうとか思うぐらいの恥ずかしさ (笑) は、私の恥ずかしさとまったく同じ。私はそういう書き方はしないだろうけど。身体に根ざした感情が、まったく別の文章で的確に書かれているのを見ると、本当に勉強になります」

後藤「僕の場合、ライブにはよく行きますけど、日本人のライブは緊張しますね」

西「なんでですか?」

後藤「その空間に感情移入しちゃうんです。自分がワーッ!と舞台に出ていく緊張がオーバーラップするというか。洋楽だと平気なんですけどね。なんでだろう。職業病かもしれ ません。たぶん仕事場に近いから完全にはリラックスできないんでしょうね。客席でたま に、『あっ後藤だ!』って気づかれたりするし (笑) 」

西「なるほどな (笑) 」

後藤「でも音楽は好きです。大好き。プライベートで年間100枚以上、CDを買います。マニアックなカセットテープも揃えたり。今はアメリカのインディロックでは、カセットテープが流行ってるんですよ」

西「コレクターズアイテムみたいな感じ?」

後藤「近いですね。音楽好きのステイタスになっている」

西「小説にはない文化やなぁ」

後藤「カセットの音源を専用のプレイヤーでパソコンに落として聞いてる。わけわかんないでしょ (笑) 。近年は、アナログのほうが残ろうとしている印象がありますね。音楽好きの人達の愛情が担保になって、レコードが廃れない」

西「なるほどなぁ」

後藤「本は、簡単にはなくならないと思うんですけど。電子書籍って、どうですか?」

西「うーん……別にそれで読む本が悪いとは言わないですけど。個人的には、読書を電子書籍で済ますのは、ちょっと抵抗があります」

後藤「僕も読書はハードカバーの単行本派ですね。まず手触りが大事。たまに、装丁や紙の質感がイヤで買わなかったりする。『こんなの電車内で広げて読めないだろ!』とか」

西「なんでやろうね(笑)。作品としての存在感は、圧倒的に本のほうがいい。基本的に場所を取るっていうのは、人生においてもすごいことでしょう」

後藤「物の形になって残ると、他人が手に取るチャンスも増える。たとえば今このテーブルに、西さんの本を忘れていったとしますよね。次にここに来た誰かが、この本を手に取るって読み出したりできる。ネットの情報だと、そうはいかない。偶然に作品を手に取る機会を作れるのは、物にしかできないでしょう」

西「そうですよね」

後藤「文字は本という形で残るから。音楽よりずっと、後世に継がれる可能性は高いと思います。象形文字だって、普通に残ってるでしょう」

西「1200年ぐらい前の空海の書も、いま見られますもんね。昨年の『空海と密教美術展』は行かれました?」

後藤「はい。すごい良かったですよね」

西「美術展自体は良かったんですけど、私ゲロ吐いたんですよ (笑)。 なんでやろうな。お寺以外で、仏像といっぱい向かい合うのが気持ち悪かったのかも」

後藤「なるほど」

西「行く前に、般若心経の現代語訳を読みました。現代風に訳すると、ただただ『この世には何もない、何もない』と繰り返しているだけなんです」

後藤「はい」

西「説かれているのは諸行無常。すべてのものはいつかなくなって、移り変わってゆくという。私らはロストジェネレーションとか言われているけれど、そういう部分ではその諸行無常を自然に受け入れている、いわば諸行無常のエリートと違うやろか、と思います。だからといって絶望するのも恥ずかしいですよね」

後藤「うん。絶望……『安っ!』と思う」

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西「 (笑)。 ほんまに、ほんまに。私達は『何もない』からスタートしている分、絶望するのもたやすいけれど。何か小さなことを希望やと思えるということもある。同じしんどいなら、希望を追いかけたほうがいい」

後藤「同感ですね」

西「希望を追いかけて書きたいし、残したい。その充実感もあるけど、書くことにエグいぐらい恥ずかしがってる自分もいます。すごい恥ずかしがりやのに、残りたがり。この矛盾を正直に書いてくしかないんじゃないかと。小さな希望を、恥ずかしがりながら、この先も小説を書いてゆきたいと思います」

(2012.4.18)
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西加奈子

西加奈子(にし・かなこ)

1977年テヘラン生まれ。カイロ、大阪で育つ。関西大学法学部卒業。04年『あおい』でデビュー。05年、2作目の『さくら』が社会的ベストセラーとなる。07年『通天閣』で織田作之助賞受賞。他の著書に『きいろいゾウ』『しずく』『こうふく みどりの』『こうふく あかの』『窓の魚』『うつくしい人』『きりこについて』『炎上する君』『白いしるし』『円卓』『地下の鳩』など。共著に『ダイオウイカは知らないでしょう』他。12年、大阪市『咲くやこの花賞』を受賞。

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