HOME < -Twitterから始まったデモ-TWIT NO NUKES〔後編〕

TWIT NO NUKES

どこに向けて活動していくのか

黒澤「慣れなくていいと思う。参加することに慣れるのはいいと思うんですけど、その場での振る舞い方とかに慣れる必要はないかなと思います。デモもそうなんですけど、いつまでも慣れない。嫌だなと思いながら…」

竹中「やること自体が目的化したら意味がないからね」

黒澤「ゴッチさんも書いていたように、みんな思うんじゃないかなと、好奇の目にさらされるとかって今でも思いますし。僕は沿道見れないですもん」

平野「僕もそうです、未だに」

後藤「何回参加しても楽しくならないと思いますよ、あの感じは(笑)」

竹中「(笑)なかにはいるんですよね。楽しいってひとは」

後藤「それはまあ、ひとにも多様性がありますからね。いろいろなひとがいますから。でも、その違和感と向き合うってことも大事なのかなって思うんですよね」

黒澤「それはずっとあっていいと思う」

後藤「そうですよね。要はこの違和感に向けてもやっていますよっていうのは思ったんです、歩いてみて。手を振ってくれるひともいますよ。でも、大多数は無関心。“なにやってんの?” みたいな、“デートなんだけど邪魔しないで” みたいな感じ。あの後ろに同じことを考えているひとたちが何千万人もいて、そこにも向けないとっていうか。これがひっくり返らないと世の中変わらないんだよねっていうのは常々、いろいろなことを——音楽をやっていても思うし。どうやったら変わるかなって、どうやったらデモが一般的な意見を主張する行為になるのかって」

平野「そうですね」

竹中「デモも政治的な行為のひとつであって、みんな“選挙に行こう”って必ず言うけれど、選挙だけじゃなくて、いろいろな手段があっていいと思うんです。その手段を自分たちのものにするって大事だと思うんですよね。デモに慣れる慣れないの話じゃなくて、いろいろなことを実現するために手段を多くしたほうがいいっていうか。自分が投票したひとが落ちたら、もう何もできないってわけではないと思うんで。署名でもデモでもそうなんですけど、手段は多いほうが良いと思うんです。だから、その手段の強度をあげていくために、しぶとくやっていくっていうのが大事かなって」

後藤「あと、参加しているひとの層が随分変わったと思うんですよね。辺野古にも上関原発の建設予定地にも行ったことがありますけど、そういうところで震災前に見た風景と比べても、いわゆる本当の一般の市民たちがデモに行き始めたんだってのは、見ていて思います。ちゃんと生活感のあるひとたちが参加しているし、自分たちと同じような若いひとたち——例えば平野君みたいなひとたちが参加している絵って見たことがなかったんで、僕はなんか、デモって変わってきてるんだなって思います」

竹中「こんなキャップ被ってパーカー着てるひとが、トラメガ持ってデモなんてやってなかったですからね」

後藤「そうですよね。今はSAYONARA ATOMの子たちとか、普通に街にいる女の子って感じですもんね」

平野「そうですね。それがすごく大事だっていうことはみんなで共有しています。要は沿道で買い物しているひとたちとデモをしているひとたちが、見た目が変わらないっていうのは大事だって話をしていて。例えば、SAYONARA ATOMの若い女の子たちが刺繍とパッチワークで作った横断幕を持って、去年の7月23日の3回目のデモから先頭を歩いているんですけど、参加したひとたちもそうだし、デモを見る目が変わったのはあのときからなんですよね」

これからの活動について

後藤「これからどうなっていったら良いと思いますか。どうしていきたいと思いますか。デモに参加したことのないひとたち、そういうひとたちに向けて最後に話ができたらなと」

平野「これからに関して言うと、今は大飯原発の再稼働阻止っていうのがメインになっていて。もし仮に大飯原発の再稼働ははっきり決まってしまって動き出したとしても、継続して声を上げて、長期化していくのであれば社会に浸透させていくというか、デモだけではなくて、いろいろな日常生活からでもそうだし、普段の会話の中だったりだとか、そういうところに浸透させていかないといけないと思うんで」

後藤「はい」

平野「具体的にどういうことをやるのかっていうのは状況を見ながらやっていて、再稼働の問題ひとつ取っても先が見えない状態が続いているので、なかなか長期的な部分に関しては決まっていないことも多いんですけど。デモを続けていくこともひとつだと思うんですけど、SAYONARA ATOMはデモだけではなくて日常生活にどうやって浸透させていこうかとか、杉並区でデモをやっているひとたちは町内会みたいな感じでコミュニティがあって、そこでデモを根付かせたりだとか。それは長期戦に向けてだと思うんですよね。そういうことを僕らも見据えていかないといけないなと思ってます」

後藤「長期戦にならないのが理想ですけどね…」

竹中「まあ、そうなんですけど(笑)」

後藤「デモをやっているひとたちは、相手が手強いのを理解しているんですよね。簡単にはいかないぞっていうのはね」

平野「そうですね」

竹中「今でも続けているひとたちはみんなそうですよね、覚悟しているというか。一生かかるかもしれないっていうか、そういう覚悟を持って。もちろん、みんな直ぐにでも止めたいんですけど、相反しているんですけど、そのくらいの覚悟を持っているひとが多いと思うんです。ただ、そういうひとたちだけでやっていってもしょうがないことなんで。外側にどう拡げるかって、この一年ずっと模索していますよね」

平野「僕らは“今直ぐヤメろ”みたいなことをデモで言いますし、要は “即時廃止”を訴えていて、しかも、それは現実的に考えても、原子力委員会の試算で“10年以内に次の原発事故が起きる可能性が高い”とか、そういう試算があったり、地震の活動期にあるこの国ではなるべく早く原発をなくさないといけないってのもあるからこそ言っているんですけど、“即時廃止” ってことを言い続けることで初めて、原発をこれから——例えば2025年までに脱原発というような、菅直人がブログで発表したようなロードマップを、さらに可能な限り速やかな脱原発に向かわせるために敢えてぶつけているし。実際に脱原発へのロードマップを作る動きに対しても働きかけを僕らもやらないといけないと思いますし」

後藤「僕も “即時廃止” を訴えかけないと、ロードマップすら確定しないんじゃないかと思っています」

竹中「交渉ごとは最初にひいてはダメですからね」

後藤「それが正しいネゴシエイトでしょう。でも、政治の真ん中に向けてやるひとたちも必要だし、“みんな考えよう”みたいな、市民の意識を上げていくような活動もしないと絶対数は増えないなって感じています。あとは脱原発が実現しても、構造だけが留保されて結局社会が良くなってなくて、別の問題が同じ方式で立ち上がることになるような気がするので、総体的にゴリっと変わらなくても、ゆっくりひっくり返していくような活動も必要なのかなと思って、僕は新聞を作っています。僕もデモをやろうと思ったんですけど、当時は“歩いて誰に伝わるかしら?”って、新聞作って配ったほうが良いかもなって、ちょっと言い方も変えようかなって。日本にはそっちのほうが合うのかなっていう感だったんですけど」

平野「いろいろな動きが平行して起きていて、僕らが反原発デモをやったり、都民投票の動きがあったり、いろいろなひとがそれぞれやっている活動が大きな今をちょっとずらして動かしていると思います。あとはデモをやることが当たり前になっていったほうが良いし。原発をなくすって目的はブレてないですけど、それをやっていくことで、結果的により良い社会が実現していくとも思っているし、他の問題になったときにも活きてくると思うんです」

竹中「応用できるので」

平野「そうやって続けていくことによって、世の中の凝り固まったものを崩していける気がします。実践してはじめて」

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平野太一(ひらの•たいち)

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