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『THE FUTURE TIMES』Gallery & Live 2014レポート

Talk Live

安田「8階の展示場に、渋谷さんが撮った上野さんの写真が沢山展示されています。私は、最初に陸前高田の町に入った時、佐藤と渋谷と、ずっと葛藤していたんです。『写真を撮って何になるんだろう?』と。写真を撮っても、瓦礫をどけられるわけではないですし、誰かのお腹が満たされるわけでもない。そもそも私たち自身が『何を撮ってんだ!』と言われるのがすごく怖かったんです。現に渋谷から、上野さんと最初にお会いしたときはすごい表情だったと聞きました。今回、渋谷が撮った上野さんの写真が展示される場所に、上野さんが足を運んでくださることになって。上野さん自身、写真に撮られるということに、どういった心境の変化があったのか気になっていたんです」

上野「難しいなぁ」

佐藤「最初に写真展を見てくださった時に『写真は残酷だな』と仰いましたよね。僕はそれが印象に残っているんです」

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上野「そうですね。重いなと思ったんです。たまたま映像を見る機会があったんですが、映像って受け身でいいわけじゃないですか。自然に目に入ってくる。でも写真は、目で見て、そこから背景を自分で色々考えたりするわけなので、映像よりも重く感じたんですね」

渋谷「いろんな方に『見るのが辛い』といった感想をいただいたりするのに、僕にとっては上野さん自身に見ていただくことが一番辛いというか、勇気がいることで。上手く言葉に出来ないんですけどね。1年目、2年目は、まだ上野さんに写真を見ていただく勇気がなかったんです。それどころじゃなかったですし」

上野「だいぶ後になってからでしたよね、渋谷さんの写真を見させてもらったのは」

渋谷「今回、初めて全展示を見ていただきました。そして今日のような場で、想いを自分の言葉で伝えていただける。3年経った今、写真を撮る僕らの役割というのはちょっとずつ変わったんだろうなって思うんです」

佐藤「確かに、2012年の『THE FUTURE TIMES』のイベントの時に展示させていただいた写真と、今回展示した写真とでは、意味合いも、僕たちが届けたかったものも、変わってきていると思うんです。僕自身としては、2012年の時は『こんなに大変なことが起こったんだぞ』と、離れた場所にいる人にとにかく突き付けたかったという想いがあったんですね。みんながみんな、現地に行けたわけじゃないから。代視をするというか、それを見て何かを感じた人間が何かを伝えなくてはいけないんではないか、という想いが非常に強かったんですけど。今回の展示はそういった忘れるんじゃないぞってこと以上に、『僕たちは本当はどういう未来を目指したいの?』っていう、すごく漠然とした問いかけをしているような気がして。よし、東北を支援しようと思ってほしいわけじゃなくて。もちろん、そう思ってもらえたら嬉しいですけど。でも、それはもう委ねるしかない部分な気がしているんですね。後藤さんも、震災直後に陸前高田に来てくださって、中学校の体育館で歌ってくださいました。最初は『歌なんて歌ってどうなるのか?』と、怖かったと仰っていましたよね。その気持ち、心持ちは、この3年間で変わりましたか?」

後藤「最初は、みなさん被災されていて、ご家族を亡くされた方、家を失った方、そういった方の前で歌う機会だったんです。僕はほとんどテレビに出ないので、若い人くらいしか知っている人がいないと思うんですけれど、幅広い年代の方がいらっしゃって。さらに昼間だったこともあって、若い子たちは学校に行っていたんですね。お昼の炊き出しの後で『せっかくなんで、歌ってください』と言われて、2曲歌わせていただいたんですが、なんて言ったらいいんですかね……あらためて『自分はここで音楽を鳴らすんだ』と思い直したというか。自省すると、たまに“アジカンの後藤”みたいな、要は自分の有名性に寄りかかる瞬間があるんです。でも、そういうことしてたらダメだろう、ここはと。自分の気持ちや魂でしか、この人たちに届くものがないから。だからプライドや自尊心みたいなものを全部ステージの前でボキボキに折って、ひとりでも喜んでくれたらいいと思って、その時は歌いました。でもそれで、『どこに行ったって、こうやってやんなきゃいけないんだ』って、その時に再確認して帰ったんです。僕にとって糧になったというか」

渋谷「僕も上野さんに最初に会った時、何が怖いかっていうと、自分がカッコつけてた感覚みたいなものを見透かされている気がして。でもここまで来て、何をカッコつけてんだって。全部、そういうのはもう通用しないとわかってるのに、嘘っぱちだってわかったのに。まだそこで何を守ろうとしてるのかっていう、嘘っぽさみたいなものが、上野さんと向き合ってるとそれが裸にされているような感覚があって。比喩ですけど、血を流しながら捜索をしているような状況で、上野さんは“地獄”って言い方を時々されていましたけど。言葉を失う感覚だったんです」

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後藤「あらためて決意を問われている感じがしました。たとえば、もしかしたら歌詞の言葉が不謹慎と言われることもあるし、チャリティーで曲を作っても偽善者と呼ばれることもある。でも、それを恐れてはいけないというか。ある種の不謹慎さは、物を残したり、記録を残したり、言葉を書くことには、絶対に宿っていることだから。そういう不謹慎さについて、ちゃんと覚悟しなさいということを、あの大きな出来事全体から学んだというか。それで僕もずいぶん背筋が伸びたんですけど、ただたまに自分が新聞を作ったりする時に、どうしても自分のミュージシャン性からは越境するというか、ジャーナリストの側に越境した時に、ウワッてなりますけどね。初めて上野さんのお宅に伺った時は、何も聞けなかったですしね。ここは、上野さんと渋谷さんの信頼性で成り立っている。ここで僕がジャーナリスト面は出来ないなと思って。だから、ただお話を聞いて、泣いて帰っただけだったんですけど。あの時の緊張感って、なんか、いまだに憶えてます」

佐藤「後藤さんが最初に『THE FUTURE TIMES』の取材で来た時って、上野さんはどう感じられたんですか?」

上野「正直、新聞の存在は知らなかったです。地元で起きていること以外は、まわりのことが本当にわからなかったので。でも、新聞を読ませてもらって、後藤さんのやろうとしている、伝えようとしていることに、自分も手伝えるんであればと」

渋谷「僕は、それまで上野さんのストーリーというか、写真を、紙媒体で発表したことがなかったんです。探してたんです。どこに上野さんのストーリーを託せるだろうと。そんな時に後藤さんと出会い、『ここだ!』と。これは、ただ単に見せて終わりじゃなくて、次に繋がる確信があったんです。それが、本当に2012年のイベントになり、今日のイベントにも繋がって。今までの写真の使い方とは違う、新しいアプローチが絶対に生まれると思ったので、これは大事にしないとなと思って」

後藤「普段、写真展に足を運ばない人たちも、見てくれたっていう感じがするので、新聞を作ってよかったなって思います。あと嬉しいのは、こうやって繋がっていけることなんです。同じ町や場所に何度も行こうっていうのが、この新聞のテーマというか。大きなメディアって、一回バッと来て、ワッと放送して、その後のフォローアップがあるのかと言ったら、あんまりないような気がして。幅広さでは敵わないですし」

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