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 贈与とお布施とグローバル資本主義 鼎談:内田樹×釈徹宗×後藤正文

〝消費者マインド〟に抵抗する新しい物語

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後藤「さっき内田さんがおっしゃった〝贈与されたものは商品ではない〟という考え方って、ものすごく自由だと思うんですね。〝千円出すから千円分の価値があるものをよこせ〟っていう資本主義的な消費者マインドが浸透しすぎたことで、窮屈になった部分がたくさんある気がしていて……」

内田「今や教育の現場にすら消費者マインドが侵入してきていますから。当然矛盾が生じるわけです。〝賢い消費者〟とはどんな人を指すかといえば、より少ない代価で価値のある商品を手に入れられる人ですよね。これを学生に当てはめると、学校教育を受けることによって得られる学力という商品をいかに少ない学習意欲や手間で獲得できるか、が問われるようになる。大学のある講義の単位が3分の2の出席率で保証されるとします。すると学生はそのギリギリのミニマムなラインを狙ってくるんです。〝あと2回休んでも大丈夫〟みたいに」

後藤「全部出席して単位を取るより、最低限の努力で同じ単位を取るほうが賢いと考えるってことですよね」

内田「ええ、そう考える学生は少なくないですよ。すべてに商取引関係を適用するとどうなるか? 当然ながら学力の異常な低下を招きます。学習努力は代価ではないと、早く気づかないと」

「本来は消費者モデルに対する牙城となるべき、教育、医療、福祉、宗教、芸能、アート、音楽といった分野に、消費者モデルをやすやすと介入させてしまったのが大きな問題ですよね」

内田「これまで教育、医療、福祉の分野は非常に堅牢に守られて、簡単には市場原理が入ってきませんでした。50年ぐらいは抵抗に抵抗を重ね、でもついに抵抗し切れなくなったのが現在です。政治家が教育改革を言い、財界は即戦力となる人材を出せと要求し、メディアが学校はダメだと騒ぐ。結果、日本の学術生産性は急坂を転げ落ちるように低下しました。しかもその失敗を受けてさらなる教育改革、市場原理の導入をせよと言うのが現行政権なんですよ」

「でもね、こうしたある意味で最強と思われる消費者モデルが幅を利かせる一方で、今の30代以下の人たちから別の考え方が生まれつつあるようにも私は感じるんですよ」

後藤「……というと?」

「本当にお金を稼ぐことだけが人生の幸福なのかどうかを問い直し、所有欲や消費欲を抑えた小さな場所で楽しむことを考える人たちです。たとえばシェアハウスに住んだり、ワークシェアを実践したり……。もう右肩上がりの日本経済など信じることもできないので、これから本格的にやってくるであろうグローバル資本主義の最期に備えて、生活基盤を小さくして、その中で回していく」

内田「僕もそうした若者が増えている気がします。岡田斗司夫(※3)さんによれば、欲望を持っているとその尻尾を掴まれて他人に制御されるから、それを嫌がる人々が欲望を縮小しているらしい。つまり、自家用車もブランド服もいらない、リゾート地もいかない。そうすれば楽に生きられるという感覚。これは弱い動物の自己防衛の方法に見えるけど、堅実なサヴァイブの方法でもあると思う」

後藤「なるほど」

内田「等身大以上の欲望を持つと、賃労働で自分の時間を安く売らなくてはならず、結果的に自分の価値が下がることになるから、それは避けたい――。人々の欲望を煽って低賃金の過酷な労働状況に人を追いこんでいく仕組みの、化けの皮がはがれてきたとも言えますね」

「この前、『CanCam』という女性ファッション誌の方に呼ばれたんです。理由を聞くと、かつてはその雑誌もトレンドを提示しながら世間の消費をぐいぐい引っ張ってきたと。でも今はそれだと若い読者が離れてしまう。そこで、いかに今を楽しむかのコツを話してほしいというんです。自分の価値を下げる場所には出て行かず、身の丈に合ったフィールドで楽しみを見出す。今の50代、60代からすれば〝覇気がない〟〝上昇志向がない〟と憂いたくなるかもしれないですけど、悪くない傾向ですよ」

内田「同感ですね。地面に近い所で、小型哺乳類は次の時代に備えて着々と環境適応する。でも年寄りの大型恐竜は上のほうでまだガオーッと暴れている。そんなイメージです。しかし適応戦略に乗り遅れた大型恐竜は、そのうちドーンと倒れますよ。実際、今のマーケットは歪んでいます。たとえば、新聞やテレビや固定電話などは、人口の多い60代以上が支える古いタイプのマーケットです。彼らがいなくなれば社会のデフォルトは変わります。現在800万部発行されている朝日新聞は年に5万部ずつ部数を減らしていますが、今後160年かけてゼロになるんじゃなくて、20年で30万部の規模になるはず」

「古いマーケットにビジネスモデルを依存するところは、急速にダメになるわけですね」

内田「そこで登場するのが、脱貨幣モデルです。賃労働でお金をもらい、その貨幣で商品を買うのは二重三重に不便でしょ? だから貨幣とマーケットを介さずに、直接相手と、手間と手間とを交換する仕組みにするわけです。これはネットワークがあれば可能。新しい自給自足っていえばいいかな。現金がなくていい分、労働価値がかなり正確に商品価値に反映されるのも利点です」

後藤「グローバリズムとは真逆ですね」

内田「グローバル資本主義って、貨幣と市場を最大化させることで物流を加速させるところに旨みがあった。でも世界がどんどんひとつの市場になり、EUみたいに単一通貨による取引が増えると、その加速にも限界が来ます。実はもう弱体化が始まっているんですよ。そこで脱貨幣の経済活動、顔が見える範囲での取引がカウンターになりうる」

後藤「それは前近代的な取引方式に戻るということですか?」

「でも、いったん近代を経由して前近代的なシステムに戻るのなら、質が変わり、修正も加わって、よりフェアな社会が実現できそうですよね」

後藤「ただ僕はまだその新しい時代が到来するという実感が持てなくて……。今は大型恐竜がひたすら悪臭を撒き散らしているとしか思えないんですよ」

内田「確かに、断末魔の巨神兵の姿、命脈尽きかけたグローバル資本主義の末期の姿は醜いものですよね」

後藤「具体的な兆しは何か見えてきているんでしょうか?」

内田「そうですね、たとえばスイスは国民投票による過半数の反対を受けてEUに加盟していない国ですが、経済的に非常に上手くいっています。それはなぜか? さっきも言いましたけど、経済学では、人間は価値ある商品をできるだけ少ない貨幣で買いたがるもの、と考えます。でもスイスでは、そこに転倒が起きているんです。輸入関税率が低く他国の製品も多く入ってくるにも関わらず、国民それぞれが、割高でも、できるだけスイス製品を買っている。そうしないと国内産業が滅びると理解しているからです。それは町の商店街と同じ構造なんですよね。魚屋の主人はトイレットペーパーを大手ドラッグストアで買えば安いと知っていて、同じ商店街内の小さな薬屋で買う。そうすれば隣の薬屋も大手スーパーで魚を買わずにウチで買ってくれるから、という原理です。これで商店街全体が維持できます」

後藤「互助関係ですね」

内田「もし個々人に消費者マインドが刷りこまれて、常に20円安いほうを選択する消費行動を取れば、生活基盤が崩れます。待っているのはシャッター商店街となった未来です。しかし〝安いほうがいい〟というのも、実はイデオロギーでしかありません。グローバル資本主義は朝三暮四の、今が良ければすべて良しという制度設計です。消費者がそれに気づいて中長期的な視野を持てば、世界は少しずつ変わっていくはずです」

「消費者マインドって、プリミティブな欲望に根ざしているから強い力があるんですね。これに抵抗するには、別の物語を立ち上げることが必要になります。でも、今の消費者マインドという根深い病巣に抗う人たちが、別の小さな物語で繋がってきている実感はあります。身の回りの小さな場所からフェアネスを立ち上げて、個々人の幸福の度合いを上げていく。そこでは今日お話ししたような贈与や布施がすごく大事になっていくんじゃないでしょうか」

内田「グローバル資本主義を倒す方策はすぐには見つからないでしょう。しかし、小さな場所から連帯を生み、人々への啓蒙を広げ、反グローバリズムの展望を切り開いていくしかないと思う。後藤さんのこの新聞も立派な場所だし、布施ですからね、ぜひ新聞の発行を続けてほしいと思います」

後藤「はい、頑張ります」

内田樹・中沢新一『日本の文脈』

内田樹・中沢新一『日本の文脈』

中沢新一さんとの対談集。復興に向けて必要なことや、これからの日本のあるべき姿について、様々な角度から語られている。

いきなりはじめる仏教入門 (角川ソフィア文庫)

内田樹・釈徹宗『いきなりはじめる仏教入門』

著者ふたりが「ご縁とは何か?」「死ぬことは苦しみか」といったテーマについて“仏教的な考え方”を通して議論する。

(2013.8.30)
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内田樹

内田樹(うちだ・たつる)

1950年生まれ。思想家。神戸女学院大学名誉教授。武道と哲学のための学塾『凱風館』館長。フランス現代思想、映画論、武道論を中心に著述、発言を行う。主著に『私家版・ユダヤ文化論』、『日本辺境論』、『現代霊性論』(釈徹宗との共著)など。鼎談で触れられたグローバル経済や贈与については『評価と贈与の経済学』(岡田斗司夫との共著)などに詳しい。


釈徹宗

釈徹宗(しゃく・てっしゅう)

1961年生まれ。浄土真宗本願寺派如来寺住職。相愛大学人文学部教授。認知症高齢者のためのグループホーム『むつみ庵』を運営。主著に『不干斎ハビアン―神も仏も棄てた宗教者―』、『仏教ではこう考える』など。仏教的な思想についてわかりやすく解説したものとして、『いきなりはじめる仏教入門』『はじめたばかりの浄土真宗』(ともに内田樹との共著)などがある。

(※3)岡田斗司夫(おかだ・としお)

社会評論家。大阪芸術大学客員教授。1985年にアニメ・ゲーム制作会社ガイナックスを設立。『ふしぎの海のナディア』などの制作に携わり、オタキングの愛称で親しまれる。東京大学講師、マサチューセッツ工科大学講師などを歴任。2012年より、社員が社長に給料を払う実験的な組織『FREEex』代表。