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アナログフィッシュ・下岡晃 『抱きしめて』に込めた想い

後藤が「みんなに今こそ聴いて欲しい。『どう思う?』」という想いから、THE FUTURE TIMES04号紙面に無料ダウンロードコードを掲載することになったアナログフィッシュの『抱きしめて』。作詞を手掛けた下岡晃は、この曲にどんな想いを込めたのか? 後藤は、同世代のミュージシャンの中で唯一と言っても過言ではない、下岡の社会性を持って綴る歌詞を、何年も注目してきたという。表現者として、ミュージシャンとして、人として後藤が下岡に聞く。

取材・文:石井恵梨子/撮影:中川有紀子

『抱きしめて』は、あるひとつの愛をちゃんと書けた作品

後藤「今回は『抱きしめて』に対する想いを語ってほしくて。あの曲、今の自分が考えてることに近いと感じたし、とにかく詞がすごいじゃない? これは皮肉なのか愛なのか、今でも考えながら聴いてるんだけど」

下岡「あれは東日本大震災の一年前くらいに作ったんですよね。歌詞も」

後藤「……ほんと?」

下岡「僕、長野県の下伊那郡ってとこで生まれて、そこは東海地震の地震防災対策強化地域なの。後藤くんもそうだと思うけど、昔から大きな防災訓練があったし、いつか地震が来る、っていう話はよく聞いてて。もう子供の頃からほんと怖かった。明日来たらどうしよう、今来たらどうしよう、みたいな。今も少し揺れただけで過剰反応するというか、もう大地震を想定して生きてるんだろうね。メンバーに言うと『おまえ何?そんなこと言ってんの?』みたいな感じなんだけど(苦笑)」

後藤「俺も東海地方出身だからそれはわかるよ。俺、東京23区内に住んだことないんだけど、どうしてかって言うと、たぶん地震が来たらこの街は耐えられないって心のどこかで思ってるからなんだよね」

下岡「わかる。僕もさ、上京する時に一番引っかかったのはそこだった。これはもう出身地というより性格だと思うんだけど(笑)。でも僕にとって大地震が来るっていうのは、3・11の前からリアルに怖いことだったの」

後藤「それで曲を作ったら、後になって急に意味を持つっていう。下岡くん、そういうの多いね。『PHASE』もそうでしょ?」

下岡「うん。やっぱ実際こういうことが起きてみると、(『抱きしめて』を)どんな顔で歌えばいいのか悩んだし、食い物にしてるような気にもなったし。でも……これを弾き語りでやった時に自分が慰められることがあって。自分の気持ちにすごい寄り添ってくれた曲だし、今の自分に必要なメッセージが含まれてたから。自分に、というか、俺にとってはここに社会へのメッセージがある気がしたんだよね。それで、出してもいいのかなって思えたから」

後藤「めちゃくちゃいい歌詞だと思う。でもこれ、地震の前に書いたって誰も思わないよね。震災後に書き足したセンテンスは一行たりともないの?」

下岡「ない。ないけど、抜いたのはある。最初〈地震があるから引っ越そう〉だったの。でもこれはちょっとと思って〈危険があるから引っ越そう〉に変えた」

後藤「それは……正しい選択だよ(笑)。俺、みんなに聴いて欲しいんだよな。『どう思う?この歌詞』ってみんなに言いたい。俺ね、同世代のロックミュージシャンで、下岡君くらいしかまともな歌詞を書いてる人いないと思ってる。社会性を持ってちゃんと書いてる同世代を他に知らない。ここ何年もずーっと歌詞を気にしてるの、ほんと下岡くんしかいなくて。この人の歌詞は本当に凄いなって」

下岡「嬉しいなぁ」

後藤「この曲で歌われてることって大事だよね。今はみんな、だんだん怒るところを間違えて、お互い石を投げつけ合ってる気がするの。お互いに『原発は嫌だな』と思ってる同志なのに、お互い怒り合って、敵はどこだ? みたいな状態になってる。アンチのアンチのアンチみたいな(苦笑)。そういう人たちには強烈な皮肉として響くだろうし、いろんな不安を抱えてる人に対しては愛として語りかけてくるだろうし。その二面性があって、すごい歌だなぁと思う」

下岡「僕、どっちの気持ちで聴いてくれるんだろうって、いつも思ってる。そこは説明するよりも聴く人に任せたいなと思うんだけど。考えて欲しいから、やっぱり。聴いて何か考えてくれたら嬉しいな」

後藤「僕の解釈ではね、この“抱きしめる”っていう感覚が、今どんどんなくなってきてるように感じるの。他人に厳しい世の中っていうのもそうだけど、ささやかな、たとえば家族と抱きあう幸せって本当にある……あると思うの俺は。でも、そこにさえ石投げてくる人いるじゃない」

下岡「投げまくってるよね(苦笑)」

後藤「何が枯渇してるんだろうっていう感覚を、この歌は言い当ててる。もう場所どうこうじゃなくて、体を使って実際に感じ合わなきゃいけない。人としてもっと大事な気持ちが、この“抱きしめて”ってひと言に宿ってると思うし」

下岡「それは俺もずっと気にしてる感覚。“抱きしめる”とか“愛する”みたいなさ。“愛されたい”って表現多いじゃん。もちろん僕も愛されたいし、みんな愛されたいし、あれはもう至高のものだから全然否定しないけど。でも“愛されたい”って表現に比べて“愛する”っていう表現がすごく少ないと思っていて。そこに向き合ってやりたいっていう気持ちは最近、特に震災後は強くなった。この『抱きしめて』も、あるひとつの愛をちゃんと書けたなっていう気がしてるかな」

後藤「愛って書くのが難しいよね。これが愛のかたちだ、って言い切るのも大変だし。もちろん愛っていう単語だけならポップ・ミュージックの中にも溢れてるけど、それは限りなくセックスに近いというか……なんていうか……何かの液体によってベトベトでしょう (笑)」

下岡「あと、たまにラジオとか聴いてるとさ、サビの中で“愛してる”って言葉を言いまくる歌もあって。サビで“愛してる”を16回も言うのか、みたいな(笑)。でも愛ってそういうことじゃないじゃん? そうじゃない愛の表現が、なかなか世の中に流れていないっていう気はする」

後藤「ポップミュージックでどう愛を歌うか、昔からあるテーマだよね。愛って感情は個人的なものなんだけど、それだけじゃなくて社会性や批評性を持ってないと他人には響かない」

小さな個人の想いが、大きな世界を動かす力に繋がる

下岡「きっかけは個人の話なんだけど、社会性は意識して書くときもあるし。そういうの、僕と後藤くんは似てるなと思うの。『NANO-MUGEN』じゃないけど、ミクロからマクロに動く視点ってうか」

後藤「自分の中にある何らかの感情が、今暮らしている時代だったり社会だったり世界だったり、何か大きいものを鏡みたいに映し出してるんじゃないかって思う気持ちはある。で、俺はどっちも見てないと怖いっていう感覚があるかな。その、主体としての自分はいるんだけど、かといってそれが世界じゃないっていうのは自明のことで。もうひとつ大きな視点で、自分の生きている世界とか社会を俯瞰してないと成り立たない」

下岡「僕はね、すごくパーソナルな世界と大きな世界との共通項をずっと探してる意識があるの。パーソナルで小さな個人の想いが、そのまま大きな世界を動かす力に繋がるっていうイメージかな。だって僕には、“なってほしい未来”とか、“これじゃ嫌だ”って思うことがすごくいっぱいあるから」

後藤「うん。繋がってるんだよね」

下岡「で、たとえばウディ・ガスリー(※1)みたいに出来事をそのまま歌うっていうのは、うまくやれば直接言うよりもよっぽどメッセージ性を持つし、より気持ちに寄り添ってくれることがあって。俺はそういう表現をすごく信じてるから、この『抱きしめて』を書けたのかな。あんな震災があって、もちろんお金だとか物資を送ることは必要じゃん? それは当然なんだけど、俺、被災者の人たちはあのとき、ほんと何かに抱きしめて欲しかったと思うわけ。泣いてる子たちたくさんいたけど、何が必要だったかって、抱きしめて欲しい、ってことだったと思う」

後藤「大丈夫だよ、ってね」

下岡「うん。ちゃんと肉体性のある行為というか。で、そういう気持ちがたくさんあればいいのになぁって思う」

後藤「ただ、抱きしめるって、大きい気持ちを持ってないとなかなかできないよね」

下岡「抱きしめた後に『あの人チカンです!』って言われたりする時代だからね(笑)。セクハラで捕まったりしたら嫌だよね」

後藤「ひとつの町の名前で呼んでみても、その中にはいろんな人がいて、もしかしたら浮浪者とか、囚人だとか、社会から落伍した人とか、いろいろな人が被災しているかもしれない。でもそれさえ抱きしめる包容力みたいなものが社会にあって欲しいなぁと思うの。今はそれが硬直してて、人の不正は許すまじ!みたいな雰囲気になってる。ちょっとした違和感も許さない、個性さえ許さないっていうか。それはどの場所にもあるよね。中学校にもあるだろうし、普通の会社でもあるだろうし」

下岡「政治もそうだよね。足の引っ張り合いみたいになって物事が進まない」

後藤「でもさぁ、人は人なんだから、あいつなりに何か理由があんだよ、って思えないのかな(笑)」

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アナログフィッシュ

アナログフィッシュ

メンバーは、下岡晃(vo&g)、佐々木健太郎(vo&b)、斉藤州一郎(ds&vo)。1999年、長野県喬木村にて、佐々木と下岡で結成。2001年より都内でライブをスタートさせる。同年4月、斉藤が加入。2003年6月、アルバム『世界は幻』をリリース。最新アルバムは、2011年9月に発売した『荒野/On the Wild Side』。2012年10月、以前より親交のあるやけのはらとコラボレーションした新曲『City of Symphony』を発表し話題を呼んだ。

「抱きしめて」アナログフィッシュ

■注釈

(※1)ウディ・ガスリー

ウッドロウ・ウィルソン・ガスリー(1912年7月14日 - 1967年10月3日)は、アメリカ合衆国のフォーク歌手・作詞家・作曲家。14歳のときに家族が離散し、大恐慌の時代に放浪生活を送る。その放浪のなかで、貧困や差別などに翻弄される労働者らの感情を歌にして演奏した。映画『ウディ・ガスリー/わが心のふるさと』(1976年)は、ウディ・がスリーの半生を描いた伝記的映画。