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続・あっちこっちと未来——デモと煮物とイマジネーション | 後藤正文×いとうせいこう

お金ではない価値を生み出すために

祝島の住人は島で採れる農作物や海で採れる魚を食べる、
自給自足の生活を送ってきた。棚田では米も作られている

後藤「あとは、大企業は基本的に国の事なんて考えていないと思います。既にグローバル化してしまっているから、とっくの昔に根無し草になっていて。この国が潤おうが、潤わなかろうが、大企業っていうのは国境を越えて、アメーバのように生きていくわけで。根なんて張らなくていいんですよ。そういうことにも腹が立ってるというか。ローカルな企業で、ガッツリその土地に根を張って、福利厚生もしっかりしている会社ってあるじゃないですか。そういう会社が本来日本型の、あるべき姿なんじゃないかって」

いとう「そうなんですよ。商いってそういうものだからね。昔から」

後藤「そういう姿が失われつつあるのかなって。銭ゲバじゃないですけど、何を利益とするかっていう。とにかく黒字にすることが利益なのか、社員たちを幸せにすることが利益なのか、社会的な貢献こそが利益なのか。法人とかって基本的に社会貢献も、ひとつの役割だと思うんです。そこがどんどん希薄になってきてる感じがします」

いとう「そうだね。俺、江戸時代に詳しい60過ぎの先輩たちと何年もトークショーを続けてんの。そこで、いろんな江戸時代の面白い話を聞くわけ。江戸時代って、火事が多かったじゃん。火事があったら、大きな商人が即座に競って炊き出ししたんだって。もうバーンって盛大に。そうすると、復興したときに“やっぱり伊勢屋(※8)だね”ってなるんだって。だから信用のために、ものすごい勢いで彼らはボランティアをする。それは今じゃなくても、江戸時代からそういう社会だったんだよ。それが商いだろって話なんです。後々の利益になると。そういう時にちゃんとしなかった商人なんかは、逆に殴り込まれちゃったらしいよ、もう。市民に。“お前の利益だけかよ!”って。つまり、もともと社会的なんだよ商いって。だから、この数十年だけなんじゃないの、もっと言えば。でもさ、まだ資本化されてないジャンルのものもあってさ。煮物を煮すぎちゃったからってお隣さんに持っていく社会。それって対価がないから、経済活動じゃないわけでしょ。今は全ての活動を経済活動にしようって目論んでる人たちがいて、それがほぼ完成しそうなんですよ。だったら逆に、お金にならない事をしたほうがいいよ。それが、僕らのカウンターカルチャーだよ。お金とは全く違う価値を、人に与えるっていう。それがエンターテインメントなのか、なんなのか」

後藤「『The Future Times』もそういうことですよね」

いとう「そうだよ。経済活動とは違うじゃん」

タイ、アジ、タコなどを中心に祝島近海では四季通じて豊富な海産物が獲れ、海鳥も多く生息する

後藤「お金じゃ買えないものを作ってみようっていう。“コレ、いくらか僕も知らない”みたいな。で、タダみたいな。これを100円って言っちゃうと、100円の方法論がいろんなとこで立ち上がってきちゃうんですよね。100円だからこうしなくちゃいけない。100円だから、この印刷所で、このくらいのコストで刷らなくちゃいけない。この紙じゃ高いってなってくるんですよ。でも、タダだから好きな紙で刷ることができる。後は、僕が印刷代を捻出できるかできないかだけの話であって。これって、面白いなって思うんですよね」

いとう「そう。重要なことなんですよ」

後藤「だから、せいこうさんが言っているように、『The Future Times』って作りすぎた煮物みたいなものなんですよね」

いとう「そうなんだよ。お裾分けしてんだよね」

後藤「それで、ここから生まれるやりとりを思っているというか。そうすると、これはやっぱり、権力や利権を得ている側からしてみれば怖いと思うんですよね。だって、お金じゃないって行動している人たちが出はじめちゃう。自分たちの価値観とは違う原理で動く人たちですから、当然、怖いはずです。僕、“金払ってんだからサービスしろ”って精神も、利権や権力と構造が似ていて嫌いなんですよ。逆にコンビニやファストフードの店員とかが、なんていうか……」

いとう「プライド高くあるべきだよね。100円なのにすごいサービスやってんな、みたいなね」

後藤「そうそう。そうすると、絶対にお金じゃないものが循環し始めます」

いとう「そこなんです!」

後藤「全部お金で買えると思っちゃうとおかしくなってしまう」

いとう「だから、どんどん金で買えないことをしたほうがいい」

後藤「“貨幣と等価交換……はぁ?”っていう。だって、例えば人が心から笑うかどうかっていうのは買えないですもん、お金じゃ」

いとう「そうなんだよね。それはある意味で、日々の革命なんですよ」

島内で放牧されている豚には、家庭から出る残飯が与えられる。土に返った糞は野菜の種などを含んでおり、
そこからマクワウリやキュウリ、トマトなどがなる

後藤「だいたい僕自身、コンサートとか、なんで5300円なのかわからないんですよ。いろんな経費を考えると、このくらいの値段設定じゃないと利益がでないとかいうのが理由だと思うんです。でも、僕ね、日によってはね、8万円くらいのパフォーマンスをする日もあるんですよ、絶対。相対的な話ですけれど、あの日が5300円だったら、今日は8万円だとか。だからやっぱり、中沢新一さんもおっしゃってましたけど、本来金額をつけられないものに、無理矢理値札をつけて、ドンドン囲ってきたんですよね」

いとう「そう。価値を単一化させてね」

後藤「デモの何がいいかって、それに抗うからなんですよ。一銭にもならない」

いとう「むしろ損してるからね。損しに行ってるんだもん」

後藤「2時間いたら、最低賃金(※9)から考えて、それだけで1700円以上の損ですからね」

いとう「そう、それだけ稼げてるから」

後藤「だから、デモっていうのは、ある種の奉仕なんじゃないかって思います」

いとう「無償の行為ですからね。無償の行為ほど権力に取って恐ろしいことはないの」

後藤「一銭にもならないのにやっている怖さですね」

いとう「たとえばエジプトのデモ(※10)も、ラクダとかに乗って乱入してる連中って、みんな金で買われてやってるじゃない。金で買ってまで抑えようとしてる。権力者は何が怖いかって、金じゃないもので動いてることがイヤなんだよ。だから、もちろんデモにしてもボランティアにしても、タダでやって動くものだし、チケット代以上に楽しませてる連中ってのも、そういうものだと思うしね」

後藤「そうですね」

いとう「それこそ、お裾分け文化をもう一回やろうよって言ったっていいわけで。お裾分けレシピとかさ。“お隣はどんな人ですか?”って特集があってもいいわけよ」

後藤「そうなんですよね。なにがすごいって、インターネットのおかげで、お裾分けを、どこの誰とでもできるんです」

いとう「そうだよね。“僕、これ、もういらないんですけど、誰か欲しい人いますか?”とかって」

後藤「タダで、ものすごく面白いブログ書いてるヤツとかも、これってお裾分けだなって思うんですよ。そのフィーリングを分けている。Twitterで100文字の名文を書くヤツも、なんかのお裾分けな気がするんですよね。もし、この100文字が有名な作家の書いたものだったら、それこそ、紙に刷られて価値を生むんじゃないかっていう言葉が、バンバン、タダで流れてくる。インターネットにも、お金じゃない価値がいっぱい転がっていて。そういうのを拾っていくと、もっと、面白くなると思うんです」

いとう「何て言えばいいかわかんないけど、円じゃない単位を作ればいいよ、みんな。たとえば“楽”とか。“あ、この人の、このブログは100楽だな”とかさ。“500楽いってる”とかさ。昔ね、短い文だけど、エッセーのあとがきで、『ヒップホップ・インターネット・ボランティア』っていう文章を書いたんです。90年代に書いたと思うんだけど、この3つ、全部、もとは無償でしょ。ヒップホップも昔は権利なかったから」

祝島と山口県・柳井港を結ぶ定期船「いわい」は、
本土への唯一の移動手段。
毎朝、この船に乗って通学する子供たちもいる

後藤「そうなんですよね。なんにでも権利を強烈に主張する流れが、僕は嫌いなんですよ。サンプリングなんて、全部無償でいいと思うんです。無償化しないと、本当に文化が死にますよ。コラージュっていう手法だって成り立たないですし」

いとう「そうなんだよ。芸術って、そういうもんだからね。真似てもらってなんぼ。昔は、CDの裏を返したら“リスペクト、ジェームス・ブラウン”って書いてあって。書いてあれば、誰でもかっぱらえたんだから。でさ、インターネットもパブリックドメインで、みんなが無償で使えるよね。当然、ボランティアも無償。だから、全部、リスペクトっていうのが単位なんだって、そのあとがきで書いたんだよね。これが大事な単位で、無償の行為が生まれたことで、社会がもう一度変わってるんだよね」

身体を使って、社会を変える

後藤「いろいろお話してきましたけど、なにか言い残してたことってありますか?」

いとう「付け加えるなら……さっきの、江戸の時代のことを教えてくれてる彼らが言う話なんだけどさ。簪(かんざし)って、日本を代表する装飾品じゃない。ものすごい職人たちが作った。今や世界中の名だたる美術館に入るくらいの。でもあれってさ、江戸時代に何回も奢侈禁止令(※11)が出て取り締まられてるんだよね。どんどん価値が上がって、物価も上がっちゃうし、つまり市民のほうが地位が上がってっちゃうと。だから政権がそれを贅沢禁止で抑えるわけですよ。その時、簪の髪に挿す方の先っぽってヘラみたいになってるんだけど、耳かきになってて。“これは簪じゃない、耳かきだ”って言い張ったわけ。そういう狡さが今の庶民に欲しい。正面切ってやるのも、もちろんいい。俺たちもやる。でも、すげぇ狡賢く、捕まらないし、影響あるし、ニヤリとさせちゃうし、胸のすくような面白いことがもっといっぱい起きたらいい。“言うこと聞かねえんだなコイツら”っていう。言うこと聞きすぎでしょ、今の人たち。いいんだよ、聞かなくて。面白ければ」

後藤「笑えるっていいですよね。ユーモアがあるって」

いとう「ねえ。簪(かんざし)みたいに、ニヤリとさせる反抗精神みたいなもの。だけど、物がいいから何も言えないみたいな。そういう物を作っていきたいですね」

後藤「僕は、身体っていうのがひとつのテーマだと思うんです。実際行くこと、会うこと、知ること、全部に肉体が伴っていくと、どんどんエネルギーも大きくなるし、意味も持つ。そういうやり方で、平面的にしようとする、抑えようとする力に抗ってかないといけない。僕ら自身ものっぺらぼうにされちゃうよっていう」

いとう「そうだね」

後藤「そうすると、国民としてひとまとめにされるわけです。そしたら極端な話、“戦場で死んで来い”って言われるわけですよ。権力の側は、顔のない人間だと思って命令するようになります。そういう風潮が、あるように感じるんです。社会全体が、そう望んでいるようにも感じます。それに抗うには、ユーモアやイマジネーション、そういうものしかないと思うんです」

現在、祝島の人口は約500人。
食べ物だけでなく、エネルギーの
自給自足を目指して太陽光発電の実験なども進んでいる

いとう「そうだね。結局さ、身体ってノイズじゃない。制御できないもんが一杯あるわけだから。ノイズをすごい嫌がってさ。さっきの話の続きで言えば、わかりやすいもの、わかりやすいものって方向にいく。でも、人間はやっぱりノイズが必要なもんだから、ネットの掲示板でノイズだけ作るわけよ。だけど、“お前の身体自体がもうノイズで、煩わしくて、汚らわしくて、糞まみれなんだよ”っていう話で。だったらもう、身体をさらせばいいじゃん。そんだけノイズが欲しければ。ノイズこそ、確かにゴッチが言うように、ひとつのものとして、集団を扱おうとするものにとって最も恐ろしい、抑圧したいものなんだっていう。でも、俺たちひとりひとりは、それを持ってんだぜっていう」

後藤「そうなんですよ」

いとう「そのことをわかろうぜっていう」

後藤「それは、自分探しをしている、内面に入っていくのとは真逆で、街に出たりするほうがよっぽど、自分がのっぺらぼうじゃないことの証明になるっていうか」

いとう「人にぶつかっちゃうこともあるしね。身体って、ドン臭いから。踏まれたりすることもあるし、そういうことだよ」

後藤「街に出たり、パーティーしたり、そういうことなんですよ。自発的にね。そうやって変わって行かなきゃいけないっていうか。変わっていくことが、たぶん変えることになる。変える力になるんじゃないかって思いますね」

(2013.1.25)
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後藤正文×いとうせいこう

いとうせいこう

1961年生まれ。小説『ノーライフ・キング』をはじめ、数多くの著書を発表。作家、作詞家、映像、音楽、舞台など幅広い表現活動を展開している。日本のヒップホップのオリジネイターでもあり80年代にはラッパーとして活動。09年には、□□□にメンバーとして加入。また、台東区「したまちコメディ映画祭in台東」総合プロデューサー、「たいとう観光大使」も務める。ベランダで植物を楽しむ「ベランダー」としても知られる存在。

(※8)『伊勢屋』

伊勢国(現在の三重県東部にあたる)出身の商人の多くが用いた店の屋号。江戸時代には呉服屋や両替商など「伊勢屋」の看板を掲げる店が江戸市中いたるところに見られ、江戸の名物を表す「火事・喧嘩・伊勢屋・稲荷に犬の糞」というフレーズが流行ったほど

(※9)『最低賃金』

雇用者が労働者に支払わなければならない賃金の最低限値のことで、各都道府県ごとに定められた「地域別最低賃金」と、特定の産業の労働者を対象にした「産業別最低賃金」がある。毎年見直しが行われ、現在の地域別最低賃金の最高値は東京都で850円、最低値は島根県と高知県の652円

(※10)『エジプトのデモ』

2011年1月、エジプトで29年間にわたって独裁を続けてきたムバラク政権の辞任を求める、市民たちの大規模なデモや抗議行動が首都・カイロを中心に起こった。デモの呼びかけや団結にFacebookやTwitterなどのソーシャルメディアが大きな役割を果たし、動きが拡大。ムバラクは18日間で退陣に追い込まれ、民主化への第一歩が刻まれた

(※11)『奢侈禁止令』

江戸時代、庶民にぜいたくを禁じ、節制を心がけることを命じた通達の総称。制限の対象は衣食住、冠婚葬祭、年中行事から装飾品の所持など、多岐にわたった