HOME < 農業のゆくえ-山形-

農業のゆくえ-山形-

普通の田んぼで美味しいお米を作りたい

つや姫との出会いは6年前。山形県立農業試験場庄内支場から、試験栽培の依頼を受けた。

「じゃあ、やってみっか」と挑戦するも、3人いた試作者の中で、最初の年は一番できが悪かった。「カッコ悪かったですねえ」と八鍬さんは、頭を掻く。

「収量はあったんですけどね。味のほうが……」

もう一度挑んでも成功する保証などない。それでも、翌年も栽培することを決めた。

「『やっぱり最上はダメか』って言われるのは悔しくて」

新種のつや姫は、日照時間などを考慮し、その適正上、栽培地区を栽培最適地、適地、不適地と三分割されていた。八鍬さんの田がある最上地区は、中間評価の適地。

「いい土地で、いい資材を使って、美味い米ができるのは当たり前。普通の田んぼで、美味しいお米を作りたい。だからチャレンジしたんです」

2年目、肥料の量、与えるタイミングを変えたことが奏功する。

「1年目は、コシヒカリをイメージして肥料を与えていたんです。それを変えたら上手くいったんです」

そして、栽培を始めてから5年目の昨年、日本一に輝いた。

試食させていただいたつや姫は、白さが際立つ。何よりの特徴は、その美味しさだ。うま味成分のグルタミン酸やアスパラギン酸が多く含まれているという。また、時間が経ち冷えても、美味しさが落ちないとのこと。

「ある意味で集大成です。受賞は嬉しかったですね。でも、どんなに美味しくても反収が悪ければ意味がないんです。コシヒカリなら600kg弱は取れるので、つや姫で540kg取れ、日本一になるのが今後の目標です」

美味い米を作るコツを、わずか数語で語り尽くせるはずはない。それでも、八鍬さんに聞いた。どうしたら美味しいお米を作れますか?

img003

「特に大事なのは、穂が出る30日前の状態。葉っぱの色を確認して栄養状態、生育に重要な窒素の量を見極めるんです。追肥をしても、効果が出るのは次に出てくる葉っぱ。天候を予想して、2週間後、3週間後の姿をイメージしながら追肥するんです」

その判断は、いくらマニュアルが確立しても、どれだけ機械化が進んでも、「人の目でしか出来ない」と言う。

「牛馬で耕したのは遠い昔です。機械化が進み、トラクター、バインダー、ハーベスターなど、色んな機械を使うようになりました。広い農地を、短い時間で作業できるようになったんです。体への負担は本当に少なくなりました。大型のコンバインを買うのと同じ値段で、立派な外車が買えます。でも皆、コンバインを買う。作業が楽になるからです。今は、機械を無視して作業はできない。機械に合わせたような体系になりました。それでも、人の目でしかできないことがあるんです」

そして、完全なマニュアルはないと、八鍬さんは言う。

「日本の稲作技術って、かなり完成されたものなんです。どの時期に苗が何cm、葉っぱが何枚あればいいといったことはハッキリしています。でも、無理に合わせる必要はないんです。人だって、背が高い人も低い人もいるでしょ? でも、それぞれ健康ですよね」

そして、何より大切なものがあると続けた。

「やっぱり太陽が一番大事なんです。お天道様が生産者なんで。農業は計画生産出来ないんです。4月半ばには種蒔きをしたい。でも、雪解けが遅くなれば、それだけで遅れる。田んぼを耕せないから。気温などの関係から、5月の25日くらいまでには田植えを終えたい。7月の10日くらいを境に、苗が転換期を迎え生殖成長に移行します。この時期の栄養状態が味に影響を与えるんです。お盆前には穂が出る。どの時期も、天気がいいことにこしたことはありません。でも晴ればかりでは、今度は大事な水が不足します。収量がほしいといって、あまり背を伸ばすこともできません。東北じゃ倒れてしまうから。稲刈りをいつすればいいかは、品種によって違います。穂ができてからの気温の総積算が関係していて、つや姫ならば1000度くらいが一番美味しいと言われています。天候は年によって、天気も日によって違う。だから、どの工程も、人間が先に日付を設定することはできないんです」

img004

八鍬さんは毎朝5時に起き、田の見回りをする。

「農家なら誰でもやっていることです。水がちゃんと入っているか、稲の姿は、葉っぱはどうか。穂が出る30日前は、朝夕見に行きます」

知識や技術や経験、そして天候だけでは足りない。労を惜しめば、美味しい米はできない。

「でも、その年の収量が多かったら、1年の苦労なんて、すっ飛びます。あとはやっぱり食べる時ですね。家族が『美味しい』と言ってくれた時、親戚に配って『今年、美味しかったよ』と言ってもらえた時が、一番嬉しい。自分が食べた時? 『美味しいに決まってる』って先入観があるから、自分じゃ判断できないんです」

そう言って、その顔に刻まれた皺を、余計に深くしながら八鍬さんは笑った。

(2012.9.26)
前のページへ   |  1  |  2  |