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森本千絵×後藤正文

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森本「私は震災があったことで『忘れられないものを残したい』という思いが、以前に増して強くなりました。地球上に誰もいなくなる日が訪れたとき、火星人なんかが作る“地球博物館”には、何かを残していたいですよね。写真とか、フィルムとか、レコードジャケットにしてもそう。音楽がデータとして消えてしまっていても、土の中からジャケットの表紙がグチャグチャになって出てきたとき、それを見た何者かがその音楽を想像できるんだろうか。必死に作った音が、目で見て聴こえてくるのかな、とか妄想します」

後藤「今、博物館に行っても、譜面ってあまり残されていないそうなんですよ。大衆音楽にはレコード原盤はあっても、スコアとして残るような歴史ではなくて。言い伝えでやってきたものは、どこかで形が変わっているんですね」

森本「博物館を作ること自体が人間って面白いでしょう。恐竜の骨の展示とか本当にすごい。貝殻やヒトデとか、こんなものまで?っていうものまで収集するじゃないですか」

後藤「ニューヨークで博物館に行ったときも『こんなしょうもないものまで集めちゃって』と笑っちゃいましたもん」

森本「そうやって、過去や未来に異常に思いを馳せ、何かを残そう、何かを形にしようと必死になって、学芸員さんなどの専門職までいるという、人の営み自体が面白いです」

後藤「手に取れる形になって、そのものだけで存在すると、そこに何かの瞬間を閉じ込めておける。僕らが作る音楽でも、メンバーには『これは時限装置だから』と伝えています。たとえ10年前の音源でも、今聴いた人が全く新しい体験として開くことができる、という意味ですけど」

森本「“時限装置”っていい言葉ですね!」

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後藤「作っているときは、別に今評価されなくてもいいんだという気持ちで作ってるんです。今だけのためにやると、なんて言うのかな、ちょっと表現そのものからそれちゃう感じがして」

森本「うんうん。表現されたものって、そういうところがありますよね。さっきの博物館の話じゃないけれど」

後藤「そう、意味が発掘されるんです」

森本「生活の中でね」

後藤「だからネットだけでは無理なんですよ」

森本「ネットばかりだと『私が!私が!』で終わる気がします、本当に。体を置き去りにして頭だけで社会のことを考えたり、心ではそう思っていなかったのに誰かにつられて一緒に悪口を言ってみたり。そういう生き方だと、体と心から離れているように感じてしまいますよね。遠い場所にたくさんある情報の中から答えを探すのではなくて、自分の体を通して、根っこのほうで考え続けるのが好きなんです」

後藤「なるほど」

森本「それと、いつかはいなくなってしまう私達の思い出を残すにしても、何かあったときに飛んでしまうデータのままだと危ないので出力しておきたい。そうしたら、朽ちても破れても、いずれは発見される可能性が残せると思うから。手で触れられるものの中には生命の粒子というか、命のしるしというか、やっぱり何かが残せる気がします。紙だって、元々は土から生えた木でできているものだし」

後藤「紙の強さというのは『TFT』でも感じます。たとえば、女の子がこの新聞を受け取って、家に持ち帰るとするじゃないですか。で、食卓に置き忘れたときなんかに、街では絶対に手に取る機会がなかったお父さんが『どれどれ』と読むとか。形になって存在していると、そんな可能性があるんじゃないかなと思っていて」

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森本「形にするという例だと、今年『八戸レビュー』という本を作ったんです。震災の前から作っていた本で、市民同士、好きな市民へインタビューした内容が綴られています。それぞれがプロのライターとして、自分や相手はこういう生まれで、こういう人で、何年に八戸に引っ越してきて結婚したとか、ちゃんと書いて。すると、映画なんかよりもこの人の文章のほうが面白いんじゃないかっていうぐらい素敵なものにたくさん出会いました。人間一人ひとりってすごいなと思って。著名な方だったら、何かに残せたりしますよね」

後藤「そうですね。メディアなどに残るから」

森本「だからこの本は、決して学園祭のノリではいけなかったんです。ものすごい普通の人のことを、本気で高いレベルで残すというのが目標でした。身近にいる人の物語はかっこいいなと思いながら、写真を梅佳代さんとかいろんな人に撮ってもらいました」

後藤「それはもう、民俗史ですね。国家の作る“正しい歴史”とは違う視点の。国家に対抗しているんですか? (笑)」

森本「いえ、逆に『市役所に置こう』なんて盛り上がりもあって(笑)。今は八戸駅のキヨスクにも置かれています。自分と親戚以外にも買ってもらえるお土産品にしようって。本を元にした展覧会もやったのですが、その会期中に震災があって、八戸にも大きな被害がありました。でも、この本がきっかけでみんなが知り合いになっていたから、身元確認がすごい早かったんですね。お互いのことをリサーチしていたから、『あの家にいるのは誰々』と、詳しくなっていて。街が学校の廊下みたいな状態になったそうです」

後藤「それはすごいな」

森本「八戸での活動には数ヵ月かけましたが、これが『地球の歩き方』みたいに全国各市町村でやると、すごい数になると思うんですよ。そういう、一人ひとりをどう残すか、どういう形で残すかということに今、個人的に興味があります。ここでは写真と文章ですが、それが音ということでもいいし、映像でもいい。それぞれ適したメディアがあると思います」

後藤「特に東京以外の“地方”が面白いと感じることはありますか?」

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森本「いや、そういうわけでもないですね。どこでも、というのは変ですが、みんな面白いです。面白いと思うのと、大好きって思うのでは少し違いますけれど」

後藤「やっぱり自分の “ふるさと”という思いとは違うだろうし」

森本「そうですね。私がその体に成り代わることはできないわけだから、その人をとにかく知る、ありのままを感じるようにします。そうやって自分の体や心を基準にしていれば、たとえ大きな出来事があっても、自分が揺らがないでものを作り続けられると思うんです」

後藤「ここまで伺ってきた“体”という言葉から始まるお話の数々には、非常に刺激を受けました」

森本「そう言えば、私が尊敬する宇宙物理学者の佐治晴夫先生が、こんな授業のことを仰っていましたよ。まず、子供達に『息を長く止めてごらん』と。息をずっと止めたままだと死んでしまうのは、彼らだって分かります。すると『そのまま胸に手を当ててごらん』と続けるのだそうです。自分の意志で息を止めていても、心臓はドクドクと脈打っている。これって、自分の頭とは違うところで、体は生きようとしているのに気づく瞬間ですよね。私は今、その鼓動のようなものに未来を感じているところです」

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(2011.12.21)
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森本誠

森本千絵(もりもと・ちえ)

1976年東京生まれ。博報堂を経て07年に独立し「goen°(ゴエン)」設立。現 在、goen°主宰として「出逢いを発明する。夢をカタチにし、人をつなげていく。」を掲げ、広告・ミュージシャンのアートワーク、映画の宣伝美術や舞台美術、書籍や空間のデザイン、保育園や動物園のトータルディレクションなど多岐に渡って活躍するほか、物語性を重視したプロダクトや空間デザイン『mono goen°』、子供達との想像力を育む場をデザインする『coen°』などを展開。また、「Pen」まるごと1冊森本千絵特集号が11月に発売され、日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」準大賞、東京ADC賞グランプリを受賞するなど、幅広い分野から注目を集めている。ADC最年少会員。誠文堂新光社より『うたう作品集』が好評発売中。

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